特許のライセンス交渉や侵害通知に関しては細心の注意が必要です。注意していないと、相手に非侵害のDJアクションを地元の裁判所に提出されてしまい、不利な裁判所で戦うことになってしまう可能性があるからです。
米国連邦巡回控訴裁(CAFC)は、通例となっていた特許侵害通知書及び関連する通信は決して特定の対人管轄権の根拠となり得ないとする明解な規則を否定しました。
訴訟前のメールのやり取りと訴訟履歴
Zipitは、Wi-Fi経由でインスタントメッセージを送受信する無線インスタントメッセージ機器に関する2つの特許を所有しています。2013年以降、ZipitとAppleは、Zipitの特許の購入またはライセンスの可能性について議論するために、カリフォルニア州クパチーノにあるAppleのオフィスで連絡を取り合い、会合してきました。また、Zipitは2015年にAppleのクパチーノオフィス宛に「Appleの継続的侵害」に関する電子メールを、同年末に「Appleの継続的な故意侵害」に関する電子メールを送信していました。2020年、ZipitはAppleを特許侵害でジョージア州に提訴しましたが、最終的に訴えを取り下げました。その後、Appleは、非侵害の宣言的判決(declaratory judgment、DJアクション )を求めてカリフォルニア州北部地区で訴えを起こします。
このカリフォルニアでのDJアクションに対し、Zipitは、対人管轄権(personal jurisdiction)の欠如を理由に却下を申し立てました。しかし、連邦地裁は、Appleが必要最低限のコンタクト(minimum contacts)を確立しており、Zipitが裁判権の行使が不合理であるという説得力のある事例を確立していないと判断。しかし、最終的に裁判所は、Appleの訴訟を人的管轄権の欠如を理由として棄却し、それを不服にAppleはCAFCに控訴しました。
特許侵害通知の通知であっても、場合によっては、対人管轄権を満たすのに十分
CAFCは、まずZipitのカリフォルニア州との接点を検討し、本件は 「十分な最低限の接点(minimum contacts)は存在するが、管轄権の行使が不合理となる「まれ」な状況」ではないと判断しました。裁判所は、予見可能性(被告が裁判所に連行されることを合理的に予期できるかどうか)は、特定の対人管轄権を評価する上で重要な要素であると説明しました。同裁判所は、米国最高裁の1985年の判決(Burger King v. Rudzewicz)を引用し、特定の裁判管轄権の評価に関連する3つの要素を検討しました。
- 被告が意図的に裁判地の住民に対して活動していたかどうか
- 請求が法廷地における被告の活動から生じたか、またはそれに関連しているかどうか
- 対人管轄権を主張することが合理的かつ公平であるかどうか
CAFCは、Appleが、レターやクレームチャートによってその活動をカリフォルニアに向け、また、関連する議論のためにAppleのカリフォルニアオフィスに出向くことによって、Zipitがカリフォルニアとの最低限の接触を有していたことを立証したと判断。さらにCAFCは、Zipitが侵害の主張をエスカレートさせ、「Appleの侵害は故意であると2度にわたって表現」し、特許の当事者間審査(IPR)が進行中であることをAppleに知らせたことを指摘しました。
次にCAFCは、Zipitのカリフォルニア州との接触はすべて、「訴訟中の特許の状態の解決の試み、すなわち、侵害に対する警告を目的としたもの」に関連しているため、管轄権の行使は不合理であるとする連邦地裁の判断は誤りであるとしました。同裁判所は、紛争を解決しようとする権利者が、特定のフォーラムの当事者に対して、そのフォーラムの裁判所に連行されることなく通知書を送付することが許されるべきであるという「和解促進ポリシー」は関連性があると説明したが、このポリシーは「調査をコントロール」できず、様々な利益に関する他のBurger Kingの最高裁判決の要因と合わせて考慮されなければならないと指摘。同裁判所は、同裁判所および他の連邦巡回控訴裁は、「通知状の送付が『特定の裁判管轄権を与えることはない』という考え方を繰り返し否定してきた」と説明。同裁判所は、和解促進ポリシーをBurger Kingの各要素と並行して分析し、このポリシーはZipitに有利であったが、Zipitは主張を増幅し、最終的にAppleを侵害で訴えることにより、このポリシーを超えたと判断しました。
最後に、CAFCは、ZipitがAppleと最後に接触してからAppleが提訴するまで4年間経過しているため、カリフォルニア州で法廷に引き出されることを予見できなかったというZipitの主張は信用できない、と判断しました。同裁判所は、Zipitは、ジョージア州で訴訟を提起することにより当事者間の接触を再開し、その訴訟を却下するよう動いた後、Appleが宣言的判断の請求を行うことにより「相応の対応」をすることを合理的に予見することができたと説明しています。従って、同裁判所は、連邦地裁の判決を破棄し、さらなる手続きのために差し戻しました。
不利な裁判所で戦う状況を避けるためにも特許侵害通知とその後のやり取りには細心の注意を
対人管轄権(personal jurisdiction)は、アメリカの民事手続き法(civil procedure)に関わるもので、裁判を起こし、継続する上での手続き上のルールの一部です。そのため、あまり日本人には馴染みのないものかもしれませんが、特許侵害通知とその後のやり取りに気をつけていないと、相手のホームグラウンドである地元で訴訟をしなけれなならなくなるかもしれません。
そのため、他社に特許侵害の通知やライセンスオファーのレターの文言、その後の交渉でのコミュニケーションや頻度、交渉の場所などは、対人管轄権という観点からも考慮していく必要があるでしょう。
参考文献:Notice Letters, Related Communications May Establish Specific Personal Jurisdiction