2022年1月3日、米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、明細書にクレームの否定的限定事項(negative claim limitation)が明示されていないだけでは、特許クレームは記述要件に該当しないとする連邦地裁の判断を支持しました。
判例: Novartis Pharmaceuticals v. Accord Healthcare Inc., No.2021-1070 (Fed. Cir. Jan. 3, 2022).
Negative claim limitation とは?
まず否定的限定事項(negative claim limitation)という用語ですが、ザックリ言うと意図的に一部の要素を除外しているクレーム文言を示します。例えば、「背もたれがない」イスなどの表現はわかりやすいNegative limitationだと思います。
記述要件(written description requirement)は、35 U.S.C. § 112の文言に由来し、特許の明細書には「発明の記述、並びにその製造及び使用の方法及び過程」が含まれていなければならないと規定しています。 クレームがこの要件を満たすかどうかは、明らかな誤りの有無を検討する事実の問題です。(a question of fact reviewed for clear error) Allergan, Inc. v. Sandoz Inc., 769 F.3d 12932, 1308 (Fed. Cir. 2015).
本訴訟は、再発寛解型多発性硬化症(relapsing remitting multiple sclerosis 以下、RRMS)の治療における塩酸フィンゴリモドの使用を目的とした米国特許第9,187,405号の所有者であるノバルティスと、同剤の後発品を販売しようとするHEC Pharm USA Inc.との間でデラウェア地方裁判所で争われたものです。 問題となったのはクレーム1で、RRMSの治療のために「直前の負荷投与レジメンを行わず、1日0.5mgの用量で投与する」(at a daily dosage of 0.5 mg, absent an immediately preceding loading dose regimen)ことが記載されている点です。
本明細書には、RRMSを模倣した疾患を誘発した後、本剤を投与したラットの実験結果が記載されています。 本明細書では、”0.3mg/kgを毎日投与”、”0.3mg/kgを第2、3日毎又は週1回外用投与 “したラットでは、病気の再発が完全に抑制されたと報告しています。 そして、RRMS患者に1日0.5、1.25、2.5mgを2~6ヶ月間投与するという予期されるヒト試験について記載されていました。 しかし、ローディング用量の有無は記載されてはいませんでした。
HEC Pharm USAは、明細書要件に基づく否定的なクレーム限定は「沈黙だけでは根拠となり得ない」(silence alone cannot serve as a basis)ため、「直前の負荷投与レジメン」(loading dose regimen)が存在しないことを要求するクレーム限定は明細書ではサポートできないと主張しました。 さらに、連邦地裁によるHEC Pharm USAの主張とは逆の認定は、同様に負荷投与レジメンの有無に言及しなかった先行技術の要約がクレームを予期していないとした判断と矛盾していると主張。
しかし、CAFCは、このHEC Pharm USAによる2つの主張を両方否定します。 CAFCは、「積極的な記載がないだけ」では十分ではなく、「沈黙だけでは不十分」であることを認めつつも、明細書は、当該技術分野における通常の知識を有する者に何を伝えているのかについて読まれなければならない(the written description must be read for what it conveys to a person having ordinary skill in the art)ことを強調しました。
本件では、CAFCも連邦地裁も、ノバルティスの専門家証人を信用しました。専門家証人は、当業者であれば、ローディング用量が必要であれば、予後ヒト試験の記述に言及されることを期待したと証言しています。 さらに、この専門家が見解を述べたように、要旨は特許明細書のような「完全な」文書ではないため、このことは先行技術の要旨に関する判断と矛盾しないと発言。 そして、当該技術分野における通常の知識を有する者は、たとえローディング用量が必要であったとしても、必ずしも要約に記載されることを期待しないであろうと主張しました。
CAFCは、記録を精査し、沈黙が開示であるという新たな法的基準を確立する意図はないと注意を促しつつ、連邦地裁が記述要件を満たしたと判断したことに明らかな誤りはなかったとしました。
考察
今回の判例がバイオ系に限定されるのかはまだ不明ですが、否定的限定事項(negative claim limitation)を使う特許権利者には有利な判決です。CAFCは沈黙(何も記載しないこと)だけでは不足ですが、否定的限定事項(negative claim limitation)が理解できるかはあくまでも当該技術分野における通常の知識を有する者を基準にして判断されるべきということが大きなポイントだと思います。
ということは、クレームの記述要件に関してはケースバイケースの扱いをしなければならないということなので、否定的限定事項(negative claim limitation)の問題を法定で争う場合、技術者と弁護士を含めたグループで慎重に議論するような論点になることでしょう。その際に法定で証言する専門家証人の役割はとても重要なものになるでしょう。
参考文献:Federal Circuit Describes Written Description Requirement For Negative Claim Limitations