NPEと和解交渉する際に、後に起こるかもしれない訴訟に備えて、和解交渉で話された内容についての取り扱いを制限することがよくあります。NDAの条項がよく出来ていれば、後の訴訟で和解内容の一部が使われた場合、NDAの契約不履行として訴訟を起こすことができます。
和解交渉と特許訴訟
2014年、StreamScaleという不実施主体(NPE;Non-Practicing Entity)が、インテルのインテリジェント・ストレージ・アクセラレーション・ライブラリ(ISA-L)に対する権利行使をします。StreamScaleは、オープンソースソフトウェアプロジェクトをターゲットにする経緯があり、インテルのISA-LはMITライセンスに基づいてライセンスされているものです。
この権利行使に対して、インテルとStreamScaleは、機密保持契約(NDA)に基づいて協議を行いました。 しかし、協議の結果、和解に至らなかったため、2021年3月2日、StreamScaleは、テキサス州西部地区(Western District of Texas)で、インテルを特許侵害で訴えます。
ケース:Streamscale, Inc. v. Cloudera, Inc. et al
StreamScaleの当初の訴状では、Intelの他に、Cloudera、ADP、Experian、Wargaming、およびIntelが、複数の特許を侵害していると主張。
これを受け、Intelは、StreamScaleが誘導的侵害(induced infringement)かつ故意侵害(willful infringement)を示すのに十分な事実を主張していないとして、棄却を申し立てました。 インテルの申し立てでは、誘導的侵害とは、被疑者が (1)主張された特許について実際に知っていた、(2)故意に第三者に特許侵害を誘発した、(3)侵害を誘発する特定の意図を持っていた、という条件を満たすことが必要と主張。また、故意侵害にたいしても同様に、被疑者が(1)主張された特許を知っていた、(2)その知識を得た後に特許を侵害した、(3)その行為が特許侵害に相当することを知っていた、または知るべきであった、という条件を満たすことが必要と主張しました。
インテルによると、インテルが故意侵害を誘発したというStreamScale社の「重大な主張」は、「2014年にインテルに主張された6つの特許のうちの1つについて『明示的な通知』を行った」という「たった1つの事実の主張に基づいている」と説明。
これに対し、StreamScaleは2021年5月28日に修正訴状を提出し、StreamScaleとインテルがStreamScaleの特許について協議したこと、およびStreamScaleが問題となっている特定の特許の侵害を誘発していることをインテルに通知したことを記載しました。 StreamScaleによると、修正訴状には、(i)インテルがStreamScale、StreamScaleの特許、およびStreamScaleの当時係属中の特許出願について広く知っていたこと、(ii)インテルがStreamScaleの特許を侵害するように仕向けたこと、(iii)Intelの故意かつ無謀な行為を行っていたこと、に関する詳細な事実の申し立てが追加されており、インテルが主張した事実に反論しています。
しかし、StreamScaleが追加した新しい事実の多くは、NDAに基づいて行われた両当事者の以前の話し合いの内容から来たものだと推測されます。
NDAと契約不履行
その後、インテルは、NDAに違反したとして、別の裁判所でStreamScaleを提訴します。
ケース:Intel Corp v. StreamScale Inc., 5:21-cv-04999 (N.D. Cal. June. 29, 2021)
上記の和解交渉が行われたときに合意されたNDAには次のような記載がありました:
本契約に基づいて、または本契約に関連して、開示者またはその代表者が受領者またはその代表者に情報を開示したという事実、および両当事者が潜在的な取引に関連して協議または調査を行ったという事実は、開示者が(i)知的財産権侵害の通知(35 U.S.C. §287に基づく通知を含むがこれに限定されない)の証拠として引用したり、その他の方法で使用したりすることはできない… (iv) 疑われる侵害が故意であることの証拠、または (v) 疑われる侵害誘引が侵害誘引の請求のための知識または意図の要素を満たすことの証拠として使用したりすることはできない。
このような条項は、特許侵害の和解協議をする際に使用されるNDAでは珍しくありません。 また、今回のように訴訟の初期段階における特定のNDA条項の効果についての訴訟も珍しくありません。
この特定の条項が、インテルがStreamScaleに対抗する有効な手段になるかはわかりませんが、特許和解交渉をする際に将来起こり得る訴訟で交渉内容が自社に不利な証拠として使われることを防ぐためにも、和解交渉時のNDAの作成は慎重に検討する必要があります。