アメリカにおける特許訴訟の大半はパテントアサーション事業体によるものですが、事業体がシェルカンパニーのようなほぼ実態がない組織であることも多いです。そのため、誰が実際の黒幕なのか、訴訟の資金提供を含むお金の流れも不透明な場合が多々あります。しかし、今回のCAFCの判決やいくつかの地方裁判所の傾向を見ると、より多くの開示を許容するような流れになってきていることがわかります。
数あるパテントアサーション事業体の黒幕は誰なのか?
アメリカにおける特許訴訟実務のかなりの部分を占めるのが、パテントアサーション事業体(Patent assertion entities、パテント・トロールやNPEとも呼ばれる)です。これらの事業体の多くは、特許を取得し、訴訟を起こすわずか数日前または数週間前に設立されます。また、これらの団体の登録住所は、形だけの建物であったり、PO Boxであることがよくあります。このような慣行により、大量の特許を主張する企業は、悪意がある、または、軽薄な訴訟を起こした際に問われる責任を回避することができます。また、被告、裁判所、そして一般市民は、誰が訴訟の本当の黒幕なのかを判断することができません。
デラウェア州連邦地方裁判所で起きた一連の事件は、連邦巡回控訴裁にまで発展し、これらの慣行にスポットライトを当てています。In re Nimitz Technologies LLCにおいて、米連邦巡回控訴裁は、原告の企業関係や訴訟資金の開示の停止を求めるマンダム令状(writ of mandamus)を求める申し立てを却下しました。
この判決は、判例ではなく(non-precedential)、実質的な法的見解は軽微ですが、連邦地裁が、自らが担当する訴訟のすべての個人および団体の開示を要求する権限を有することを示唆しており、一握りの大きなパテントアサーション事業体が、全米の特許訴訟のどの程度の割合を締めているのかを明らかにする可能性を示しています。
いくつかの地方裁判所はすでに利害関係者と訴訟資金の開示を義務付けている
今回の控訴は、デラウェア州のConnolly判事に係属中の連邦地裁の事件から生じたものです。連邦規則では、実質的な利害関係者(Real party in interest)を特定するために訴訟当事者は親会社や株式を10%以上保有する公開企業の開示を義務付けられています。しかし、2022年4月、Connolly判事はさらに一歩踏み込んだ常設命令(standing orders)を出しました。
Connolly判事は、すべての当事者に対し、「当事者と直接的または間接的な利害関係を有する」すべての個人または法人を含む「当事者のすべての所有者、メンバー、パートナー、所有権の連鎖」を明らかにするよう求めています。この常設命令は、例えば、第三者が訴訟の結果に対する金銭的利害と引き換えに弁護士報酬の一部または全部を支払うような、訴訟資金の取り決めについても同様に開示を要求しています。これらの開示は、第三者資金提供者を特定し、その金銭的利害関係を説明し、訴訟または和解の決定にその承認が必要かどうかを明記する必要があります。
Connolly判事の常設命令は、この種のものとしては初めてのものではなく、ニュージャージー州やカリフォルニア州を含む他の裁判所でも、訴訟資金や訴訟手続きに金銭的利害関係を持つ団体の情報開示を義務付けています。
担当弁護士や関連する企業に関する情報開示と細かな財務状況の開示が実際の訴訟で命じられる
ここから、今回注目しているIn re Nimitz Technologies LLCの事実背景の解説に入ります。
2021年8月から、原告であるNimitz Technologiesはデラウェア州とテキサス州で、データストリーミング技術に関する特許の侵害を主張する一連の訴訟を起こしました。2022年4月にConnolly判事が常設命令を出した後、デラウェア州の訴訟の当事者は、新しい開示要件に準拠していることを証明するよう命じられました。
Nimitzはその期限を過ぎ、最終的に唯一のLLCメンバーのみを特定した開示書類を提出すると、連邦地裁は、Nimitzが常設命令の全範囲を遵守しているかどうかを判断するための証拠の審議(evidentiary hearing)を行いました。審議の結果、Connolly判事はNimitzの所有権と支配力に注目しました。その結果、(1) 唯一のメンバーが第三者である Mavexar LLC から、金銭の授受なしに特許の所有権を得るという投資機会を持ちかけられたこと、 (2) Nimitz の唯一のメンバーではない Mavexar が訴訟を管理していたこと、 (3) Nimitz の設立文書には会社の「スイート」住所(corporate “suite” address)が記載されていたが、それは唯一のメンバーが一度も訪れたことのない「郵便箱」(“post office box”)だったことが判明しました。Connolly裁判官は、Nimitzが思いつきによるものではなく計画的に作られたものだと理解しました。Mavexarは、有名な特許収益化会社IP Edgeと連携しており、これらの企業が一緒になって訴訟を起こし、支配していたのです。
このことを受け、Connolly裁判官はNimitzに対し、Nimitzとその弁護士との間の代理人契約(retention letters)、Nimitz、弁護士、Mavexar間の通信、Nimitzの財務および登録された「スイート」住所での存在に関する情報などの追加情報を法廷に提出するよう命じました。
申立人のNimitzが開示命令に異議を唱えるも判事が強く反論する異例の事態に
Nimitzは、裁判所から命じられた情報開示の回避を求め、マンダム令状(writ of mandamus)を申請しました。Nimitzは、連邦地裁は特許法および連邦規則の下での権限を超えて、無関係な問題を追求する違法な「審問」に乗り出したていると主張しました。被告側は、連邦地裁は、真の訴訟当事者の身元を確認し、裁判所に対する詐欺が行われたかどうかを調査する権限を完全に有していると主張し、このマンダム令状に反論しました。
珍しいことに、連邦地裁もこの問題を重く見たのか、Connolly判事は78ページに及ぶ意見書を出し、マンダム令状に直接応じるとともに、Nimitzにさらなる情報開示を命じるに至るまでの懸念事項を詳細に述べています。その内容は、弁護士のプロ意識と法廷濫用への関与に関する懸念、職務規定違反の指摘、係争中の複数の事件がこれまで公表されていなかった形で関連していることを裁判所が発見するに至った一連の出来事、Mavexarなどの真の利害関係者が法廷から隠されていないかどうかを理解する必要性を説き、それらの真の利害関係者が、訴訟に出廷すれば直面する責任から身を守ろうとする活動に従事していたかどうかを問い質すものでした。
この論争は多くの企業や組織の注目も集め、Electronic Frontier Foundation, the Public Interest Patent Law Institute, Engine Advocacy, High Tech Inventors Alliance, Computer & Communications Industry Association, the Alliance for Automotive Innovation, Intel, Acushnet, Garmin International, Red Hat, SAP America, SAS Institute, Symmetry, Power Integrations, DISH Network, the ASSA ABLOY group, そして米国商工会議所を含む多数の法廷弁護士が(amiciとして)参加しました。このすべての参加組織は、マンダム令状の却下とConnolly判事の開示規則の支持を支持しました。
連邦巡回控訴裁はマンダム令状を認めず、開示規則の支持を示唆
連邦巡回控訴裁(CAFC)は、2022年12月8日、Nimitzのマンダム令状を却下しました。連CAFCは、Nimitzがその機密資料や特権資料を開示する必要はないことを認めたものの、Nimitzがまだ常設命令(standing orders)に違反していると判断されていないため、マンダム令状による救済は時期尚早であると判断しました。
CAFCは、Connolly判事の常設命令や開示規則を支持することは明確に示しませんでした。CAFCは特に、「連邦地裁が指摘した懸念に対応する特定の法的基準への違反があったかどうか、もしあったならば、どのような救済措置(例えば、Nimitz、その弁護士、その他に対して)が適切であるかについて、何の見解も示さない」としました。その代わりに、CAFCは、マンダムスによる救済の「抜本的かつ特別な」(“drastic and extraordinary”)性質に依拠して、申し立てを全面的に却下しました。
実務上の重要なポイント:利害関係や訴訟資金提供に関する開示は引き続き増加傾向になることが期待
今回のCAFCによる判決は、連邦地裁が、訴訟資金提供契約および訴訟で役割を果たす裏方組織の開示を要求する可能性があることを示唆しました。訴訟当事者は、開示の増加傾向が続くことを期待できるでしょう。これは、パテントアサーション事業体による大量の特許訴訟に直面している企業にとっては歓迎すべきニュースでしょう。
この判決は、デラウェア州の特許実務にも影響を与えるものです。デラウェア州は、特許訴訟のおよそ20%が提訴されるなど、パテントアサーション事業体にとって好都合な裁判地となってきました。デラウェア州への申立は、多くのテクノロジー企業がデラウェア州法人であることから裁判地紛争を避けることができ、また、パテントアサーション事業体は、多くの被告が拠点を置くカリフォルニア州の裁判所を避けることができます。CAFCがデラウェア州裁判所の開示プロセスに介入することを拒否したことは、今後、真の黒幕の身元を隠したり、訴訟上の不正行為に対する責任を回避することを望む原告がデラウェア州で特許訴訟を起こすことを抑止する可能性があります。
参考文献:Federal Circuit Denies Request to Block Disclosure of Litigation Funding Information