医療診断クレームをアメリカで権利化するためのヒント

アメリカで医療診断に関する発明を権利化することは、特許適格性 (patent subject matter eligibility) のハードルが高く、とてもむずかしいです。今回紹介するケースでも残念ながら権利化には至りませんでしたが、明細書に具体的な治療法を開示し、それをクレームすることで権利化できる可能性があったことを強調しています。

医療診断系の発明は特許適格性の問題を指摘されやすい

2021年3月11日、米連邦巡回控訴裁判所(以下、CAFC)は、In re PTAB of Trustees of the Leland Stanford Junior Universityにおいて、遺伝を判定するための遺伝子データの分析を含むクレームに対する審査官の拒絶を維持するという特許審判部(以下、PTAB)の決定を支持する判決を下しました。

CAFCは、問題となったクレームは特許不適格な主題に向けられたものであると判断しました。このケースは、アメリカにおいて医療診断クレームを取得することの難しさを示すことになりました。しかし、それと同時に、明細書に具体的な治療法を開示することで、権利化できる示唆があったので、医療診断発明を権利化する上で重要なヒントを提示しているケースでもあります。

PTABにおけるAlice分析ではクレームの「特定性」の欠損が指摘される

特許審査官は、35 U.S.C. §101に基づき、出願番号:13/445,925(’925出願)は特許不適格な対象物に向けられたものとして拒絶されました。その後、’925出願に対して審判が行われ、PTABはAliceによる2段階の分析を行いました。

アリスのステップ1では、PTABは、代表的な請求項1のステップが、「情報を受信、保存、または提供する精神的ステップ」(“mental steps of receiving, storing, or providing information”)または 「数学的概念」(“mathematical concepts”)に向けられていると判断。特に、PTABは、クレームがコンピュータ技術を改良したものではなく、市販のコンピュータ機器を使用して改良された数学的分析を行ったものであると判断しました。

次にPTABは、Aliceのステップ2において、特許クレームの範囲は、抽象的なアイデアを特許適格な主題に変換する進歩的な概念を提供していないと結論付けました。特許クレームが科学にある程度の貢献をしている可能性は否定しませんでしたが、PTABは、それだけでは特許に不適格な精神的プロセスや数学的操作の域を超えられないと判断しました。

PTABは、「治療のために薬剤を提供する」という最終ステップに至るステップを記載したクレーム9および19についても、「特定の治療方法に向けられたものではなく、特定の患者を特定するものでもなく、特定の化合物を記載するものでもなく、特定の用量を処方するものでもなく、結果を特定するものでもない」と判断。PTABは、これらのクレームを「特定の患者に対して、特定の化合物を特定の用量で使用し、特定の結果を得るための特定の治療方法」に向けられたクレームであるVanda Pharmaceuticals Inc. v. West-Ward Pharmaceuticals International Ltd., 887 F.3d 1117 (Fed. Cir. 2018)の特許適格を満たしたクレームと差別化しました。

CAFCでも抽象的概念以上のものは見いだされなかった

CAFCでもAlice分析が行われ、PTABと同様の結論に至ります。

ステップ1について、連邦巡回控訴裁判所は、「クレームされたプロセスが改善されたデータをもたらすという議論を受け入れても、クレーム1が抽象的な数学的計算に向けられたものではないということには説得力がない」 と述べています。

また、ステップ2については、「記述されていることから、請求されているように実行される数学的ステップ、および受信されるデータの種類は、従来の技術でよく理解されていることが明らかである 」としました。

裁判所は、「数学的ステップの特定または異なる組み合わせにより、従来技術で達成可能であったよりも多くのハプロタイプ予測が得られたとしても、請求項1を特許適格出願に変えるには十分ではない」と判断。さらに、「請求項1で達成されたとされる革新は、数学的分析自体にある」としました。

でも、医療診断系のクレームの権利化に向けたヒントがある

このケースでは、独立したクレームに、データ操作に基づく特定の診断、薬物治療、予後(specific diagnosis, drug treatments and prognosis based on the data manipulation)に関する制限が含まれていれば、クレームは特許適格の主題とみなされた可能性があることを示唆しています。

この判例は、治療法や投与法を含む治療レジメンの詳細を、様々な例やそのようなレジメンを記述した文献の引用によって裏付けられた形で開示する必要があることを示しています。

参考文献:Subject Matter Eligibility for Medical Diagnostic Claims – a Possible Path Forward? by Raj Pai and Devesh Srivastava, Ph.D. Squire Patton Boggs

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