「特許の有効期間が終了した後に特許が発行された場合、何らかの権利は得られるのか?」—この一見矛盾した問いに、米国連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)が2025年4月3日、明確な「ノー」を示しました。
In re Forest事件は、特許期間(出願日から20年)が満了した後に発行される特許について、「仮権利(provisional rights)」という限定的な権利だけでも得られないかという前例のない問題に対する判断を示しました。「仮権利」とは、特許出願公開から特許発行までの期間に発明を実施した第三者に対して特許権者が請求できる合理的実施料のことであり、通常の排他的権利よりも限定的な権利です。
CAFCは、仮権利は排他的権利と一体であり、存続期間満了後に特許が発行される場合には、排他的権利とともに仮権利も発生しないと判断しました。この判決は、「仮」という言葉の意味や法的文脈、米国憲法の「限られた期間」という特許権の本質に基づいています。
本稿では、このユニークな事件の背景、争点、そして判決が特許実務に与える影響について詳しく解説します。
事件の背景
Donald Forest氏は、2016年12月27日に米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下「USPTO」)に「タッチスクリーンからの選択のための装置(Apparatus for Selecting from a Touch Screen)」と題する特許出願(出願番号15/391,116)を行いました。この出願は1995年3月27日に出願された特許の優先権を主張しており、米国特許法第154条(a)(2)に基づき、仮に特許が付与されたとしても、その存続期間は優先日から20年後の2015年に終了することになります。なお、この時系列の詳細については、後述の「本事件における『期限切れ特許』の意味」で改めて整理して説明します。
つまり、Forest氏の出願は、すでに該当特許の存続期間が終了した後になされたものでした。出願した時点で、優先日から20年以上が経過しており、特許が付与されたとしても、その特許はすでに期限切れの状態で発行されることになります。USPTOは、存続期間がゼロの特許が付与されても、Forest氏には執行可能な権利が一切ないため、この上訴において個人的利害がないと主張しました。
争点:期限切れ特許に仮権利は付与されるか?
これに対してForest氏は、特許が期限切れ後に付与されたとしても、米国特許法第154条(d)に基づく「仮権利」を取得できると主張しました。仮権利とは、特許出願公開から特許発行までの期間に発明を実施した者に対して合理的実施料を請求できる権利です。
Forest氏の具体的な主張は以下の通りです:
- 仮権利は「特許出願公開から特許発行までの期間」に適用される
- 特許法には仮権利が特許の20年の存続期間と連動するという明示的な規定はない
- したがって、特許が期限切れ後に発行されても、出願公開から特許発行までの期間については仮権利が発生するはずである
この主張が認められれば、特許の通常の存続期間(20年)を超えて権利を主張できる可能性が生まれることになります。実質的には、特許期間満了後も継続出願を行いながら、無期限に仮権利を主張し続けられる可能性すらあったのです。
「仮権利」と「仮出願」の違い
本事件で問題となっている「仮権利(provisional rights)」は、「仮出願(provisional application)」と名称が似ているため混同されやすいですが、全く異なる概念です。
仮権利(Provisional Rights)
「仮権利」は米国特許法第154条(d)に規定されており、特許が付与された後に 行使できる権利です。具体的には、特許出願公開から特許付与までの期間に、第三者が出願公開された発明を実施した場合、特許権者は「合理的実施料(reasonable royalty)」を請求する権利を持ちます。ただし、この権利は特許が実際に付与されて初めて行使できる「遡及的な」権利です。
本事件では、この「仮権利」が特許の存続期間(20年)を超えて認められるかが争点となりました。
仮出願(Provisional Application)
一方、「仮出願」は米国特許法第111条(b)に規定されている出願形式で、正式な特許出願(非仮出願)の前に行う簡易的な出願です。仮出願は:
- 出願日の確保(優先権の確立)を主な目的とする
- 出願から1年以内に正式な非仮出願を行わなければ放棄されたとみなされる
- クレーム(特許請求の範囲)の記載が不要
- 審査が行われない
本事件は「仮出願」ではなく、継続出願と「仮権利」に関するものです。Forest氏が主張した優先権(1995年の出願日)は、一連の継続出願を通じて維持されてきた優先権であり、仮出願とは直接関係ありません。
本事件における「期限切れ特許」の意味
本事件で「期限切れ特許」とは、優先日(1995年3月27日)から20年が経過した後(2015年3月27日以降)に発行される特許を指します。この場合、特許が発行される時点ですでに存続期間が終了しているため、通常の排他的権利は一切発生しません。Forest氏はそのような状況でも「仮権利」だけは取得できると主張したのです。
本件における出願と有効期限を時系列で表すと以下の通りです:
- 1995年3月27日: 最初の特許出願(優先日)
- 2015年3月27日: 優先権を主張した特許の存続期間満了(優先日から20年)
- 2016年12月27日: 最初の特許出願を優先日として主張した本件出願(15/391,116)
- この時点で優先日から20年以上経過
- 仮に特許が発行されても、存続期間はゼロ
Forest氏の意図と戦略(推測)
判決文からは、Forest氏がなぜ特許期間が満了した後に特許出願を行ったのかという具体的な理由は明示されていません。ただし、以下のような戦略的意図があったと推測されます:
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仮権利の活用: Forest氏は特許の通常の存続期間(排他的権利)は得られないことを認識しつつも、仮権利に焦点をあてた戦略を考えていた可能性があります。仮権利が認められれば、特許出願公開から特許発行までの期間(この場合は出願公開から無期限に続く可能性がある)、発明を実施する第三者から合理的実施料を得られると考えたのかもしれません。
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法的解釈の試験: 特許法第154条(d)の「仮権利」の規定が、特許の通常の20年存続期間を超えて適用される可能性を法的に検証しようとした可能性もあります。これは特許戦略の新たな可能性を開拓する試みとも考えられます。
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継続的な特許ポートフォリオ戦略: Forest氏のタッチスクリーン技術は1995年に最初に出願されたものであり、その後の継続出願戦略の一環として、技術の価値を最大限に引き出そうとしていた可能性があります。特に、この技術は脳性麻痺の人々が使用できるタッチスクリーン技術に関連しているようで、社会的価値の高い発明であった可能性があります。
これらはあくまで推測であり、Forest氏の正確な意図については公開されている情報からは明確な意図はしめされていないことをご留意ください。
CAFCの判断
CAFCは、Forest氏の解釈を退け、特許法第154条において、特許が期限切れ日より後に発行される場合(すなわち排他的権利なしで発行される場合)、仮権利は付与されないと判断しました。
判決では、以下の理由が示されました:
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「仮(provisional)」の意味: 「仮」という言葉は「一時的な」または「暫定的な」という意味を持ち、仮権利は他の権利(排他的権利)に置き換わるまでの一時的な権利であることを示唆している。
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法文の文脈: 特許法第154条(d)(1)では、仮権利は「本条で規定されるその他の権利に加えて(In addition to other rights provided by this section)」付与されると規定されています。第154条で規定される唯一の他の権利は排他的権利であるため、仮権利は排他的権利と共に、そして「それに加えて」付与されるもの。
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特許制度の基本原則: 米国憲法は特許を「限られた期間(limited Times)」のみ付与することを命じており、現代の特許法では特許の存続期間を出願日から20年と明確に定めている。しかし、Forest氏の解釈は、この法定の20年を超えた特許権を求めている。
このような理由から、CAFCは、「『仮』権利は、排他的権利に先立ち、排他的権利に置き換わり、排他的権利と共に付与されるものである」と結論づけました。つまり、特許が期限切れ日前に発行される場合にのみ仮権利が付与されるということです。
本判決の実務的影響
今回のような状況は稀ですが、この判決は特許の存続期間と仮権利の関係に関して一定の法的解釈を示しています。そこで、通常の実務においても考えられる影響として以下のようなことが考えられます:
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継続出願戦略への影響: 元の出願から長期間後に継続出願を行う場合、優先権主張の一番古い出願日から20年を経過していないかをチェックする。そのような出願から生じる特許の存続期間が実質的にゼロとなる可能性がある場合には、仮権利も得られないことを考慮する必要があります。
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特許ポートフォリオ管理: 技術の進化や競争環境の変化により、期限切れに近い特許出願の価値を再評価する必要があります。仮権利も得られない場合、そのような出願を維持する価値が低下する可能性があります。上記のように長期間継続出願や一部継続出願を行っている場合は、得に注意が必要です。
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特許戦略全般: この判決は、米国特許法における「仮」の概念が一貫して適用されることを示しており、特許戦略全般において「仮」という用語の法的解釈に影響を与える可能性があります。
まとめ
In re Forest事件は、特許が期限切れとなった後に発行される特許には仮権利も認められないという「当たり前」の結論に至りました。しかし、この判決は、米国特許制度において、特許権の時間的制限は憲法に根ざした基本原則であり、この判決はその原則を再確認するものとなりました。また、特許の存続期間の制限が一層明確になり、特許出願および特許ポートフォリオ管理における戦略的考慮事項も見え隠れするような事件だったと思われます。