2022年2月2日、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、米国特許庁の特許審判部(PTAB)の決定を取り消し、審判部が、出願人が認めた先行技術(AAPA: applicant admitted prior art)が35 U.S.C. § 311(b)に基づく「特許または印刷出版物で構成される先行技術」(prior art consisting of patents or printed publications)に該当すると結論付けたことは誤りであると判断しました。
判例:Qualcomm Inc. v. Apple Inc., __ F.4th __ (Fed. Cir. Jan. 27, 2022).
35 U.S.C. §311(b)は、「当事者間審査(IPR)における申立人は、102条又は103条の下で提起され得る根拠に基づいてのみ、かつ、特許又は印刷物からなる先行技術に基づいてのみ、特許の又は1つから複数のクレームを特許不能(unpatentable)として取り消すよう請求できる」と定めています。
AppleがQualcommの特許に対してIPRを仕掛ける
Appleは、異なる電源電圧で動作する複数のネットワーク(例えば、コアロジックネットワークは入出力ネットワークよりも低い電圧で動作する場合がある)を備えた集積回路デバイスに関するQualcommの特許に対して当事者間審査(inter partes review)を申請しました。このようなシステムでは、特定のネットワークが使用されていないときにパワーダウンすることにより、電力を節約することができます。しかし、先行技術のシステム(特許文献1)では、パワーダウン・モード中の浮遊電流により、誤った出力信号が発生するという問題がありました。
特許の「背景」では、パワーアップ/ダウン検出器を使用した先行技術のソリューションは、この問題を部分的に解決することができるが、無駄な電流が発生しないわけではない、と説明していました。この特許では、フィードバックネットワークを追加して、パワーアップ/ダウンイベントの検出速度を上げることで、これらの問題を解決しようとしました。
PTABはAppleの組み合わせを認めたがCAFCが覆すことに
Appleは、特許の背景で述べられている出願人が認めた先行技術(AAPA)と(フィードバックネットワークについて述べている)他の文献の組み合わせにより、特許クレームの範囲が自明となったことなどを主張しました。PTABはこれに同意し、35 USC 311(b)の下ではAAPAに依拠できないとするQualcommの主張を退けて、クレームは特許不能(unpatentable)であるとしました。
しかし、CAFCは、PTABの判断は誤りであると判断。
具体的には、AAPAは311条(b)で認められている先行技術の種類、すなわち「特許または印刷物からなる先行技術」に該当しないとしました。従って、AAPAはIPRの根拠の 「基礎」を形成することはできないということが明確に示されました。また、CAFCは、(Appleのような)申立人は、申立の「根拠」として認められないようなものでも、先行技術文献以外の証拠に依拠することができるとしました。例えば、申立人は、当業者の一般的な知識に依拠して組み合わせる動機を示すこともできるし、欠落しているクレームの限定を示すことができると説明しました。AAPAの使用におけるこの区別は、極めて重要です(そして、現時点では、おそらく明確ではありません)。したがって、裁判所は、AAPAが異議申立の「基礎」を形成したか否かを判断するために、判決を破棄し、PTABに差し戻しました。
IPRで提示する文献を選ぶ作業はさらに重要性を増している
本判決は、PTABの実務家にとって興味深いものです。注目すべきは、CAFCが、特許不能(unpatentable)の根拠となる先行技術と、当業者の一般的な知識を含む自明性の立場の他の要素に触れるだけの先行技術との間の線引きをどのように行うかという問題を未解決にした点です。以前のCAFCの判決では、「欠けているクレームの限定」を供給するために非先行技術を認めていたことを考えると、その線引きは曖昧で、さらなる重要な訴訟の対象となる可能性があります。そして、CAFCがこの線引きの方法をさらに説明するまでは、IPRの申立人は、専門家の宣言を含め、AAPAやその他の非先行技術に依拠する際には、慎重に行動すべきでしょう。
少しの違いが違う結果を生むことにも
分かりづらい点もあるかと思うので、補足説明をします。
まず、特許化されている発明の構成要件をA(主張の軸になる部分)+B(Aに欠けている追加要素)とします。IPRでこの特許を無効化するには先行文献でA+Bを示せればいいのですが、Aの部分を示すのに、出願人が認めた先行技術(AAPA)は使えないということがCAFCで示されました。今回のAAPAは、特許の背景部分にかかれていた内容ですが、IDSで提出された文献や特許に引用されている文献もAAPAに含まれると考えられます。
このように組み合わせの「軸」になるような文献としてAAPAは使えないのですが、Aはすでに公知(当業者の一般的な知識)で、Bと組み合わせることも容易に想像できるというような主張は可能だと言っています。
この違いは一見たいしたことではないように思えますが、今回の判決では、AがAAPAであれば、A+BはAが「軸」になっている主張なので、IPRではそのような主張はできないということになります。今回の判決が分かりづらい要因の1つが、今回の判決ではこの違いがあることが示されたのですが、肝心のAが「軸」になっている主張が展開されていたのか?については話されていないということです。この部分については、次に行われるPTABでの審議を追っていく必要があります。なので、このCAFCの判決の理解を深めるには後のPTABの判決も合わせて見る必要があります。
実際のケースでは、主張のやりかたによってある程度対応できるかと思いますが、IPRにおいて、出願人が認めた先行技術(AAPA)と組み合わせて主張する場合は注意する必要があります。
参考文献:Federal Circuit Holds That Applicant Admitted Prior Art Cannot Be The Basis For An IPR Challenge