申立人によるIPRの控訴は「当たり前」のように行われていますが、特殊な事実背景によっては、IPRの控訴が認められない可能性があります。今回紹介する判例では、並行している特許訴訟における非侵害の判決と、その後の特許権者による非侵害判決の非控訴によって、IPRの控訴ができなくなってしまいました。
判例:ABS Glob., Inc. v. Cytonome/ST, LLC, No. 2019-2051 (Fed. Cir. Jan. 6, 2021)
IPRを申立する条件と連邦巡回控訴裁に控訴する条件のおさらい
今回の判例は複数の手続きが複雑に関わってきます。そのため、まず今回の判例を正しく理解するために必要な「条件」を見てみます。
まず、IPRの申立は誰でもできます。平行して特許訴訟が行われている場合、IPRを申請する時期が限定されますが、IPRを申請する団体や個人が制限されることは基本ありません。
しかし、IPRの最終判決(Final Written Decision)を連邦巡回控訴裁に控訴するには、1)控訴される問題がMootではない(つまり、問題をCAFCで扱っても実質的な救済がない状態ではない)ことと2)Article III Standingという控訴人の制限をしているルールで injury in factというものを示す必要があるという2つの条件を少なくとも満たす必要があります。
時系列のおさらい
- 2017年6月7日:Cytonome社がABS社などを被告に特許侵害訴訟を提起
- 2017年10月6日:ABSは、’161特許の全請求項のIPRを申請
- 2019年4月16日:PTABは、’161特許の請求項1、4、8、9、12、および16-20を非特許とする最終書面決定書を発行。請求項2、3、5-7、10、11、および13-15は生き残る。
- 2019年4月29日:連邦地裁は、ABSの被告発製品は’161特許請求項のいずれも侵害していないと結論付け、ABSの略式判決の申し立てを部分的に認めた。
- 2019年6月17日:ABSはIPR最終決定書を連邦巡回へ控訴
- 2020年2月21日:Cytonomeは連邦巡回区に回答準備書面を提出し、その中には、Cytonomeの弁護士による「’161特許に関する連邦地裁の非侵害の認定に対する上訴を追求しないことを選択し、ここにそのような上訴を放棄する」という宣誓供述書が含まれていた。
- 2020年6月8日:地方裁判所は、’161特許について権利を侵害していないとの最終判決を下した。
非侵害判決を控訴しないことで、IPRの控訴がMootに
連邦巡回控訴裁は、特許権者であるCytonome社が地裁で行われていたABSを相手にした特許訴訟において出された非侵害の判決を控訴しないということから、IPRの控訴を連邦巡回控訴裁で扱っても実質的な救済がないことに注目しました。つまり、IPRの控訴がMootであるということなのですが、もう少し詳しく話すと以下のようになります。
Cytonome社がABS社の製品は非侵害という地裁の結果を受け入れることで、Cytonome社はABS社に対して有効的な権利行使ができないという状況になっていました。そのため、たとえ連邦巡回控訴裁がABSによるIPRの控訴を取り扱ったとしても、ABSの救済措置には何も変わりません。つまり、IPRの控訴で連邦巡回控訴裁がPTABの最終判決を認める・認めないに関わらず、ABSが直面する現実(非侵害が地裁で確定しているので特許の有効性がどう変わろうと事業に影響なし)に変化はありません。そのため、連邦巡回控訴裁はIPRの控訴はMootであると判断しました。
侵害が疑われる行為をする計画がないためStandingも認められず
すでにIPRの控訴はMootということで「終わり」でもいいのですが、連邦巡回控訴裁はStandingについても短く言及しています。
Standingに必要な injury in factを示すために、控訴人は「将来の侵害の実質的なリスクを生じさせる、または特許権者が侵害の主張をする可能性が高い将来の活動について具体的な計画を持っていることを立証しなければいけません」。しかし、ABSは将来の活動についてそのような計画を立証していないため、連邦巡回控訴裁は、ABSのStandingに関しても否定的な見解を示しました。
参考記事:“Disavowal of Infringement Case Moots IPR Appeal” by Kyu Yun Kim, Cora R. Holt, Stacy Lewis and Thomas L. Irving by Finnegan, Henderson, Farabow, Garrett & Dunner, LLP