コストカットだけに終わらない不況下における知財戦略

米国に景気後退が訪れる可能性が高いと言われています。景気後退は企業の収入や利益の減少が懸念されることから、雇用の凍結や解雇、予算の削減をする会社も多いでしょう。このような経済的影響は、必然的に特許事情にも影響を及ぼします。そこで今回は、不況下における特許情勢の変化と、それに伴う企業の戦略的な知的財産権の決定を考えてみようと思います。

不況により特許審査が減少し、特許の売却や訴訟が誘発される

当然のことながら、企業は景気後退期に特許出願件数を減らし、出願費用を削減する傾向があります。統計的に見てみると2000年から2020年まで、1年あたりの米国特許出願件数は、前年比で比較すると過去2回しか減少していません。最初の落ち込みは大不況の2009年、2回目はCovid-19のパンデミックが米国に到達した2020年で、同じ年に放棄された出願数は急増しました。

出願の取りやめにおける特許審査費用の削減や出願中の案件の審査取り下げに加え、企業は不況時にポートフォリオの既存部分を売却して資金を調達する傾向もあるようです。事業会社の特許売却と景気後退については、RPXがBreaking Down Litigation by Divestment Timeというレポートを出しています。さらに、中小企業や新興企業が破綻すると、そのポートフォリオも市場に流れます。その結果、市場にはより多くの特許が存在し、多くの場合、より低い価格で販売される傾向にあります。

一方、景気後退は、特許訴訟の増加という歴史的な脅威ももたらす傾向にあります。(参考: Alan Marco et al., Do Economic Downturns Dampen Patent Litigation?, 12 J. of Empirical Legal Studies 481 (2015))。大不況の際には、「競合他社を訴える意欲が急増した」という分析もあるものの、訴訟活動が活発化するもう一つの理由は、非実施主体(NPE)が上記のような過剰な特許在庫をすくい上げ、事業会社に対してそれらの特許を主張することに起因します。企業が特許ポートフォリオを縮小することで、こうした効果がさらに高まり、原告候補が特許を拡大する市場が形成される可能性があります。

不況ではこのような状況になりやすい環境になりますが、この特許訴訟の反循環的な傾向が、現在の経済情勢でも当てはまるかもしれないという兆候が見られます。というのも、特許訴訟の資金調達は増加しています。また、IP訴訟に関する法律事務所のリクルーティングは衰えることなく続いています。そして、非実施主体(NPE)による訴訟は、潜在的な景気後退の影響を受けずに継続されています。

特許ポートフォリオの強化で不況を乗り切る

企業は、強力な特許ポートフォリオを開発・維持することで、訴訟を抑止し、武装することができます。強力な特許ポートフォリオは、主要な市場セグメントを守るための攻撃的な武器として、また競合他社による特許訴訟に対する盾として、景気後退期に企業を成功へと導く競争機会を生み出します。さらに、新興企業にとって、特許は、不況時に融資やベンチャーキャピタルを確保するための貴重な担保となり、その資金が希少になったとしても、その役割を果たすことができます。ここでは、迫り来る不況に直面して、企業が強力な特許ポートフォリオを構築し、活用するためのいくつかの方法を概説します。

まず、企業は自社の特許資産(発行済み特許、出願中の特許、特許保護の対象となりえる発明)を把握し、それらの資産を自社および競合他社の事業に対する重要度で評価またはランク付けする必要があります。この種の評価には万能なアプローチはありませんが、一つの有効なアプローチは、事業部門や製品ごとに資産を分類し、客観的な基準を用いてそれらの資産をランク付けすることです。ここでも、客観的な基準は企業の戦略によって異なりますが、以下のような考慮事項が含まれる可能性があります: (a) クレームされた特徴の重要性(すなわち、「コア」技術をカバーしているか、それとも単なる周辺技術か)、(b) 侵害しない代替品の利用可能性、(c) クレームされた特徴に対する消費者の需要、(d) 競争相手の侵害を検出する能力、(e) 有効性論争に耐えうるクレームの能力評価、および (f) 過去のライセンスなどからの特許の推定市場価値、などです。

ベースラインを理解することは、企業が今後の方針を決定するための重要な第一歩となります。また、不況の影響により訴訟費用の削減を余儀なくされた場合、重要度の低い特許資産を特定することができます。最後に、このような作業を行うことで、現在の特許保護では十分でない潜在的な穴があるエリアを特定することができます。

第二に、ベースラインを確立することで、競合他社が特許出願を控えている時期に、価値の高い発明に対して特許出願を継続的に行い、その分野に関する特許網をより強くすることも可能になります。不況時に特許出願に投資する企業は、重要なイノベーションを獲得することで、そうでない企業よりも競争優位に立つことができます。逆に、出願しなかった場合、企業や発明者が発明を公開・使用したり、販売のために提供したりすると、権利を失うことになりかねません。さらに、最初に仮出願を行うことで、特許審査費用を抑えながらイノベーションを保護することができる場合があります。仮出願は特許になることはありませんが、後に提出する仮出願以外の出願のためのプレースホルダーとして機能します。具体的には、企業は仮出願の出願日から1年以内に、対応する非仮出願を提出するかどうかを決定する必要があります。これにより、企業は、仮出願による優先権主張のまま、非仮出願の実務に関連する高いコストを最大1年間延期することができます。

第三に、特許出願に投資しても改善されない既存の特許保護に穴があると判断した場合、前述の特許ポートフォリオの整理を利用して、既存の特許を購入することができます。例えば、不況の影響を受けた新興企業や中小企業は解散して特許資産を売却し、他の苦境にある企業は資本調達のために特許資産を売却します。このような買い手市場において、鋭い目を持つ企業は、ギャップを埋める特許を特定し、割安で取得することができるかもしれません。このように、先見の明のある企業は、不況を機会に自社の特許ポートフォリオを強化することができ、これまで競合他社のものであった市場の新分野への参入を促進することもできるでしょう。

第四に、自社のポートフォリオを評価することで、ライセンシングや競合他社への訴訟で活用できる強力な特許が見つかるかもしれません。このように既存のポートフォリオの調査を行うことで、ライセンシングや権利行使に使える強力な特許を特定することが、貴重な収入源の確保につながるかもしれません。自社製品と競合他社製品の両方をカバーする特許請求の範囲は、ロイヤルティ収入の増加、侵害製品の販売損失に対する回復、または競合他社を阻止して縮小する市場でより大きな市場シェアを確保する機会を提供します。また、競合他社から特許侵害訴訟を提起される脅威を軽減するための防御的な価値も重要です。

不況のときこそコストカットだけに終わらない戦略的な知財活動が求められる

不況下では、企業は可能な限りのコスト削減を図ることが多いです。しかし、そのコスト削減が特許保護に悪影響を及ぼし、不況を乗り越えた後の企業の将来的な成長に支障をきたすこともあります。むしろ、この不況を機に、現在のポートフォリオを戦略的に見直し、改善と活用のために的を絞った投資を行うべきでしょう。そうすることで、不況を乗り越えたときにより強くなることができるのです。

参考記事:Bulletproof Corporate IP Strategies in a Downturn

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