特許侵害における賠償を算出する専門家はたくさんいますが、その専門家が書く意見書に書かれていないといけない要素は多岐に渡り、刻々と変わっていっています。特に、比較可能なライセンス契約を考慮した合理的なロイヤリティの算出の場合、適切な調整ができていないと、今回のように1.5億ドル相当の特許侵害評決が破棄されるという特許権者にはとても頭の痛い問題になってしまいます。
判例:Apple Inc. v. Wi-LAN Inc., 25 F.4th 960 (Fed. Cir. 2022)
AppleとWi−LANの長い法廷バトル
AppleとWi-LANの法廷での訴訟は複数あり、長く続いていますが、今回は、2014年に始まったものです。ことのきっかけは、Appleが、一部のiPhone製品がWi-LANのLTE標準必須特許を侵害していないとの宣言的判決(declaratory judgment of noninfringement)を求めて提訴しました。これに対し、Wi-LANは侵害を主張し、その結果生じた損害賠償を求めます。 陪審員は最終的にWi-LANを支持する1億4510万ドルの評決を下し、その後Appleは、法の問題としての判決(JMOL: judgment as a matter of law)を申し立て、新たな損害賠償裁判またはその代わりに送金額を請求しました。連邦地裁は、専門家の証言に不備があったとして、損害賠償に関するAppleの申し立てを認め、Wi-LAN社に1000万ドルへの減額または再審という選択肢を与えました。そしてWi-LANは再審を選択することになります。
第二回目の損害賠償裁判において、陪審員は、Wi-LANに8,523万ドルの減額賠償を与えました。Appleは、Wi-LANの損害賠償専門家が、主張された特許の価値(properly apportion the comparable licenses)を反映した比較可能なライセンスの配分を適切に行わなかったと主張し、再びJMOLを申請。連邦地裁はAppleの申し立てを却下し、Appleは控訴しました。
比較可能なライセンス契約を考慮した合理的なロイヤリティの算出
合理的なロイヤリティを決定する際、当事者はしばしば比較可能なライセンス契約(comparable license agreements)に依拠することがあります。しかし、法律は、その際、「契約当事者の技術や経済状況の違いを考慮しなければならない」ため、 Wi-LANの損害賠償専門家であるDavid Kennedy氏は、150以上のWi-LANのライセンス契約を、彼の意見の基礎となるわずか3つに絞り込みました。彼がこの3つのライセンスを選んだ要因として (1) 携帯電話をライセンス製品としている、(2) 2013年以降に発効したもの、(3) LTEまたは関連技術を対象とする特許をライセンスしている、(4) 主張特許の発行後に締結されていた、という4つの点が強調されていました。
次に、Kennedy氏は、これらのライセンスと、当事者の仮想的な交渉によってもたらされたであろうライセンスとの間の差異を調整することを試みます。Kennedy氏は、ポートフォリオの中で最も価値の高い資産がライセンス料を決定し、その他の資産はわずかなアップチャージで含まれるのが一般的であると指摘。 そして、特許が主張された後もAppleがその技術を使い続けていることが、Appleにとっての価値の明確な表れであるとの見解を示しました。
比較可能なライセンス契約の選定や変更には考慮しないといけない点がたくさんある
このような専門家の意見に対して、連邦巡回控訴裁(CAFC)は、本件の事実と結びついていないと結論づけ、致命的な欠陥があると指摘しました。まず、 Kennedy氏は、比較可能なライセンスの違いを調整しようと試みたが、非申告特許(non-asserted patents)が含まれることを考慮に入れていないことに注目。また、Kennedy氏は、ロイヤルティを主張された特許にのみ、具体的に配分することを怠ったと指摘しました。これらの理由により、CAFCは、同氏の最終的な意見は信頼性に欠け、その結果、陪審員の依拠は不適切であると結論づけました 。
また、裁判所は、Kennedy氏が何の根拠もなく、主張された特許が「重要」であると意見し、 さらなる分析なしに、比較可能なライセンスと同じレートを捕らえようとしたことも適切ではないと指摘しました。
さらにCAFCは、主張された特許が実際に重要であったという証拠はないと指摘し、専門家が比較対象ライセンスに含まれる他の非主張特許を考慮しなかったことも問題であるとしました。裁判所は、この失敗を「問題である」と判断し、これらの理由から、裁判所は、信頼性に欠ける専門家の分析に依存するものとして、損害賠償の裁定を破棄しました。
比較可能なライセンス契約を用いたロイヤリティ計算の難しさ
特許訴訟において損害賠償に関する専門家の意見は陪審員の判断に大きな影響を与える重要な情報です。そのため、ほとんどのケースでは特許権者も侵害している被告も損害賠償に関する専門家を雇うのですが、今回のような比較可能なライセンス契約をベースにしたロイヤリティの計算は困難を極めるというのが現状のようです。
似たようなライセンス契約から当事者の仮想的な交渉によってもたらされたであろう本特許に関わるライセンスとの間の差異を調整するすることで結論を導き出そうとしているので、理論的には理にかなっています。しかし、特許ライセンスの場合、同じライセンスは2つとないので、(複数の)違うライセンスのどの部分を考慮して調整するかで、最終的な数字に大きな差が出てきます。また、ライセンス契約に1つの正解があるわけでもないし、さまざまな調整をしたからと言って、導き出された数字が適切かを判断するのはとてもむずかしいです。
しかし、比較可能なライセンス契約を用いたロイヤリティ計算をする際は、今回CAFCが示した点については考慮し、意見書に明記することが今後求められてくると思うので、専門家の意見書をチェックする際、今回の判例は重要なものになるでしょう。