市場価値全体ルールをベースにした賠償金請求はむずかしい

侵害訴訟に勝利し、合理的なロイヤルティ損害賠償を得られるからといって、むやみやたらに市場価値全体ルールを適用し、高額な賠償金を請求しようとするべきではありません。原則、被告製品の侵害的特徴に起因する損害のみしか追求できないので、複数の部品からなる製品が問題となる場合、関連する特徴を限定してロイヤリティベースを決める必要があります。

2022年1月3日、テキサス州西部地区連邦地方裁判所(WDTX)で、市場価値全体ルール( the entire market value rule)違反を理由に専門家の損害賠償理論を排除する被告の申し立てが認められました。その中で、Susan Hightower連邦地裁判事は、製品全体の売上をロイヤルティ基準として適用する場合は注意するよう原告に喚起しました。

ケース: Via Vadis, LLC et al. v. Amazon.com, Inc., 1:14-cv-813, Dkt. No. 230 (W.D. Tex. Jan. 3, 2022)

Via Vadis, LLC(以下「Via」)は、Amazon.com, Inc. (以下、「Amazon」)が同社のS3クラウドストレージ製品でBitTorrentプロトコルを使用していることに基づき、Viaのデータアクセスおよび管理システムに関する特許を直接的および間接的に侵害していると主張。Amazonは、正しいロイヤリティのベースは、BitTorrentインターフェースによって生じた収益、合計25万ドルであると主張しました。裁判所は、記録の抜粋では、Viaのロイヤリティベースが何であるかは示されていないと述べましたが、Viaの損害賠償専門家は、AmazonのS3クラウドストレージ製品が生み出す総収入220億ドルからロイヤリティ計算を始め、BitTorrentプロトコルの価値をS3に割り当て、その価値は3000万ドルを上回ると結論付けました。

Hightower判事は、「BitTorrentサービスの市場価値ではなく、S3の総収入からロイヤリティ計算を始めることは、市場全体のルールが暗示される」と述べ、Viaがロイヤリティのベースを明示していないことを非難し、Viaの専門家の損害額計算を除外するべきというAmazonの申し立てを認めました。

合理的なロイヤルティ損害賠償とは?

特許侵害訴訟において、勝訴した原告は、発明の侵害的使用に起因する合理的なロイヤルティ損害賠償(reasonable royalty damages)を少なくとも受ける権利を有します。このようなロイヤリティを求める特許権者は、被告製品の侵害的特徴に起因する損害のみを追求しなければならず、製品の価値全体を追求してはいけません。

AmazonのS3プラットフォームのように、複数の部品からなる製品が問題となる場合、市場価値全体ルール( the entire market value rule)では、特許機能が顧客の需要の基礎を作るか、構成部品の価値を実質的に生み出すことが証明されない限り、ロイヤルティベースおよびロイヤルティ率の組み合わせは、製品の侵害機能に起因する価値のみを反映し、それ以上にはならないことが求められます。

Viaのロイヤルティ計算を除外する申し立てを認めたHightower裁判官は、Viaの「AmazonのS3顧客にとっての『価格の重要性』に関する一文は、BitTorrentがAmazonのクラウドストレージサービス全体に対する『消費者需要の唯一の推進力』であることを立証する責任を満たすものでは到底ない」と結論づけました。裁判所によると、そのような証拠がない限り、ViaがS3の全収入をロイヤリティのベースとして使用することは不適切であるとのことです。

Hightower判事は、LaserDynamics, Inc. v. Quanta Computing, Inc.における連邦巡回控訴裁の判示に基づき、特許を取得した機能のみの価値との相関関係を示すことなく「特許を取得したコンポーネントのみではなく、…製品全体の(収益)を開示」すると、「陪審員の損害計算が人為的に膨らみ」、結果として侵害の補償に十分な金額を上回る賠償金が支払われることになり、そうした出発点は市場価値全体ルール( the entire market value rule)に違反すると判断。したがって、裁判所は、S3に帰属する220億ドルの収益のうち、被告機能であるBitTorrentインターフェースの収益が25万ドル未満であることから、この損害賠償理論は信頼性がなく、無関係であると判断しました。

この判決は、合理的なロイヤルティ損害の回復を求める特許権者に重要な注意を喚起するものです。すなわち、製品の侵害機能に特に起因する収益データがない場合、特許権者は、侵害機能がより大きな製品への消費者需要を引き起こすことを証明する強力な証拠を提供しなければならず、構成製品の合計収益を配分する場合は、ロイヤルティベースについて述べ、証拠を提供する必要があります。このような証拠がない場合、特許権者は、有利な判決を得られても、損害賠償額が望めないことになりかねません。

参考文献:Entire Market Value Rule Strikes Again in WDTX

ニュースレター、公式Lineアカウント、会員制コミュニティ

最新のアメリカ知財情報が詰まったニュースレターはこちら。

最新の判例からアメリカ知財のトレンドまで現役アメリカ特許弁護士が現地からお届け(無料)

公式Lineアカウントでも知財の情報配信を行っています。

Open Legal Community(OLC)公式アカウントはこちらから

日米を中心とした知財プロフェッショナルのためのオンラインコミュニティーを運営しています。アメリカの知財最新情報やトレンドはもちろん、現地で日々実務に携わる弁護士やパテントエージェントの生の声が聞け、気軽にコミュニケーションが取れる会員制コミュニティです。

会員制知財コミュニティの詳細はこちらから。

お問い合わせはメール(koji.noguchi@openlegalcommunity.com)でもうかがいます。

OLCとは?

OLCは、「アメリカ知財をもっと身近なものにしよう」という思いで作られた日本人のためのアメリカ知財情報提供サイトです。より詳しく>>

追加記事

契約
野口 剛史

SEPホルダーがライセンス供与を拒否してもサプライヤーは文句を言えない

標準必須特許(SEP)を所有していてもライセンスをリクエストしたすべての組織にFRAND条件のライセンスを提供する義務がないということが今回の判例で改めて明確になりました。特に、ライセンサーが積極的にサプライチェーンの下流に対してライセンスを行っている場合、ライセンスを拒否されても何も言えない可能性があります。

Read More »
Uncategorized
野口 剛史

ビジネスアイデア: セミナーからのアップセール

知財業界ではマーケティングの一環としてセミナー(有料・無料を問わず)を行うことが多いですが、その後のフォローアップはどうしてますか?今回はクライアント取得や次の有料セミナー参加を自然に促せるサロンという仕組みを考えてみます。

Read More »
特許出願
野口 剛史

固有性の理論を用いた自明性による拒絶を覆す方法

自明性で拒絶される際、多くの場合で固有性の理論(theory of inherency)が主張される場合があります。これは先行技術とクレームされた発明の差を埋めるために便利なツールなので審査官は多様しますが、必ずしも審査官の主張が正しいというわけではありません。そこで、どのようにしたら効果的な反論を行えるかをPTABのケースを見ながら説明していきます。

Read More »