CRISPR遺伝子編集特許をめぐる大学間の争い

CRISPR遺伝子編集技術は今後の医療から農業まで実に幅広い用途への活用が期待されている革新的なバイオの技術です。そのため、実に多くの特許が出されているのですが、その中でもUC Berkeleyを中心とした大学が持っているポートフォリオと、MIT・Harvardが持っているポートフォリオの間で激しいCRISPR特許の覇権争いが起こっていました。複数の特許・出願と様々なレポートや証言が絡み合う非常に複雑な手続きですが、まとめてみたので、読んでみてください。

特許審判委員会(PTAB)は2月28日、CRISPR遺伝子編集の基礎特許の発明優先権をBroad Institute、Massachusetts Institute of TechnologyおよびHarvard Universityに与えるとの決定を下しました。この決定により、UC Berkeley、University of Vienna、Emmanuelle Charpentierによる同技術の競合クレームと、これらの研究期間の間で長年続いてきた紛争が終結しました。

本決定により、Broad Institute、Massachusetts Institute of TechnologyおよびHarvard University(以下、Broadと総称)は、CRISPRの真核生物(eukaryotes)への応用を主張する基礎特許をコントロールすることになります(しかし別件で、BroadはToolgen IncとSigmaがを相手に同じ特許に関するインターフェアレンス手続きを行っているので、その結果次第で譲許が変わる可能性があります)。

Interference番号 106,048 (Broad/CVC I) 

UC Berkeley、University of Vienna、Emmanuelle Charpentier(以下、CVCと総称)とBroadとの間の紛争は、CRISPR技術に関するCVCの最初の本出願からの請求と、Broadが所有する12の発行済み特許と一つの出願中の特許とを含む以前のインターフェアレンスである106,048号(’048 interference or Broad/CVC I)より発生したものです。CVCの特許は、Broadの特許および出願(2013年10月15日出願、2012年12月12日に対する最優先権を主張)よりも早い出願日(2013年3月15日)、早い出願日の仮出願(2012年5月25日)に対する優先権を主張していました。しかし、Broadが早期審査請求を行ったため、CVC出願の審査中にブロードの特許が発行されました。

Broadは、’048インターフェアレンスの予備審査段階において、特許審判部(PTAB)が関係するクレーム間に事実上の干渉がないことを宣言するよう求める申し立てを行いました。 簡単に言えば、Broadは、特定の細胞環境を記載していないCVCのクレームは、真核細胞を明確に必要とするBroadの特許及び出願のクレームを先取りしたり自明化するものではない(not anticipate or render obvious )、と主張したのです。2017年2月15日に出された申し立てに関する決定において、PTABはBroadに同意し、真核細胞においてCVCの出願のクレームを首尾よく実施する合理的な期待はない(no reasonable expectation of successfully practicing the claims)と判断しました。 この判断を下すにあたり、PTABは、真核生物におけるCRISPR技術の実行可能性、特にヒトにおけるその治療上の有望性についての不確実性を示していたCVC発明者とインターフェアレンスに関する自身の専門家による同時期の声明に大きく依存しました。 PTABの事実上の干渉なしとの判断は、その後、連邦巡回控訴裁への控訴において支持されました。

しかし、このようにCVCが早々に敗退したにもかかわらず、Broad/CVC IにおけるPTABの判示は、この訴訟で問題となったクレームにのみ限定的に適用されたに過ぎないとしました。特に、PTABは、CVCの出願が真核生物におけるCRISPRの使用に関するクレームを記載し、可能にしたかどうかについて意見を述べず、このインターフェアレンス手続きでは、かかるクレームの着想、精励、実施(conception, diligence, and reduction to practice)の証拠を評価する優先段階には至りませんでした。

Interference番号 106,115(Broad/CVC II)

2018年4月から2019年2月にかけて、’048インターフェアレンスの判決を受けて、CVCはCRISPR技術の真核生物への応用を明示的に記載したクレームを持つ14件の継続出願を相次いで提出しました。それらの出願は、Broad/CVC Iで問題となった元の本出願と、2012年5月25日にさかのぼる一連の仮出願の両方に対する優先権を主張しました。USPTOは、これらの新たに提出されたCVCの出願と、Broad/CVC Iで問題となったBroad特許と出願のセット(Broad特許を1件追加)との間に新たなインターフェアレンスである106,115号(’115インターフェアレンス、またはBroad/CVC II)を宣言しました。

予備的書面手続き(Preliminary Motions Practice)

Broad/CVC IIの予備的書面手続きの段階では、様々な動議がPTABによって準備され、検討されました。Broad/CVC Iとは異なり、Broadは、Broad/CVC IIの予備的書面手続きの段階では、関係するクレーム間の事実上の干渉の存在について異議を唱えませんでした。Broadは、禁反言により、Broad/CVC Iで問題となった同じクレーム、つまり同じ主題に対する新たな干渉が妨げられると主張したが(不成功に終わり)、PTABはこれに同意せず、特に、Broad/CVC IIで問題となったクレームはBroad/CVC Iのものと異なる主題を示しているかどうかは争点の1つであると判断しました。

Broad/CVC IIの予備的書面手続きの時点において、もう一つの注目すべき点は、関係するCVCの出願に与えられる優先権の利益に関するものです。CVCは、2012年5月25日に出願された最初の仮出願に対する関係クレームの優先権をPTABに付与するよう求める予備動議(preliminary motion )を提出し、関係クレームの所有と実施可能性を示すために、当該出願で報告されたin vitro実験結果および明細書の真核標的細胞に関する記述を指摘しました。

PTABは、その申し立てに関する決定において、「特許は、学術的な理論に対して与えられるものではなく、いかに画期的であろうと、後に他人が特許を取得できる発明に必要であろうと、・・・」という最高裁および連邦巡回控訴裁の勧告を引用して、最初の出願に対する優先権の付与を拒否しました。  PTABは、Broadが提出した専門家の証言に大きく依拠して、「成功した実施例の結果」及び/又は真核生物におけるCRISPR機能の要件に関する他の記述がなければ、最初に提出した仮出願は実施形態の保有を示さないとしました。 従って、PTABは、ヒト細胞におけるCRISPRを用いた実施例が示されている、2013年1月28日に提出したCVCの第三仮出願に優先権を付与しました。注目すべきは、CVCの第三仮出願は、Broadの第一仮出願日(2012年12月12日)の後に提出されたことで、Broadは、インターフェアレンスにおけるシニアパーティの地位とそれに伴う優先権の推定を維持したことを意味します。さらに、この判決により、CVCは、2012年5月28日の出願日を、対応する実施形態の最初の実用化(first constructive reduction to practice)として依拠することができなくなりました。

優先順位決定段階(Priority Phase

干渉事実に関する争いはなく、Broad社の禁反言の申し立ては却下されたため、’115インターフェアレンスは、発明者性に関する究極の問題を解決するために優先権の決定に移りました。両当事者は、対応する実施形態の着想と実用化について、広範囲に渡って説明し、証拠を提出しました。

CVCは、2012年3月1日の着想日及び2012年8月9日の実施を主張したが、これらはいずれもBroadが2012年12月12日の仮出願の利益を享受する前でした。Broadは、着想及び実施の証拠として、早くて2012年6月26日、及びPTABがその優先権の判断で重視した2012年10月5日を含むその後の各種実施日付について主張し反論します。

PTABは、Broadの発明の優先権を授与するにあたり、着想と実用化に関するCVCの証拠が、得られた実験結果の意味または意義について発明者側に不確実性(uncertainty)を示していると判断。この証拠は、2012年3月から8月までの実験、およびより重要なのはこれらの実験に関するコミュニケーションで、PTABは実験結果の解釈についての確実性が十分ではないと判断しています。

さらに、PTABは、この不確実性(uncertainty)を考慮し、CVCが実験を理解し改良するための継続的な努力は、同年3月に主張した着想に必要な確定的かつ恒久的なアイデアを損なうものであると判断しています。 ここで注目すべきは、PTABは、成功の合理的な期待の欠如(lack of a reasonable expectation of success)ではなく、むしろ、CVCが「これらの複数の失敗の認識のために、……どのように(所望の)結果を達成するかについての明確かつ永続的なアイデアを持っていなかった」ことを示す証拠として、「2012年10月中旬の時点で成功したと認識するまでに、何度も実験に失敗している」という点に注目したことです。

これに対し、PTABは、Broadが少なくとも2012年10月12日の時点で実際の実施(actual reduction to practice)を立証したと結論付けました。特に、PTABがCVCによる構想または実際の事業化を裏付けるために必要な確実性を示すと見なす証拠がないその日に提出された完成原稿からなる事業化についてのBroadの証拠(2012年7月の時点で行われた作業を報告しています)を信用しました。PTABは、この原稿が、少なくともその日までに発明者が実用化を完了したと認識していたことを示し、原稿に対する査読者のコメントがその認識を裏付けていたと結論付けています。

今後の展望と課題

Broad/CVC II の PTAB 決定は、上訴を待つ間、CRISPR 特許の状況に対する実質的な支配権を Broad に与えるものです。さらに、CVCの関連特許の審査が終了し、CVCがこの技術の真核生物への応用について特許上不明瞭なクレームを追求することができなくなった

注目すべきは、CVCは、Broad/CVC Iで問題となった最初の出願から発行された特許を保有しており、その後、どちらの手続きでも問題とならなかった同じ仮出願に優先権を主張する出願を行ったことです。これらの特許は、CRISPR技術の特定の文脈(真核生物、原核生物、in vitro)またはアプリケーションを必要としません。

このCVCとの争いとは別に、Toolgen Inc. (Interference No. 106,126) とSigma-Aldrich (Interference No. 106,133) は、USPTOがBroad/CVC IIで問題となった同じBroad特許と出願に干渉すると宣言した係争中のクレームを有しています。さらに、Toolgen社とSigma-Aldrich社は、それぞれのインターフェアレンスにおいてシニア当事者ですが、最も古い仮出願日がBroad/CVC IIにおいてPTABが認めた実際の実用化より後であることが特徴です。したがって、2月28日のPTAB判決を踏まえて、これらの訴訟の当事者がどのように対応するかは、とても興味深いものになります。

参考記事:PTAB Issues Decision Awarding Priority of Invention of CRISPR Gene Editing Patents to Broad Institute

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