1. はじめに
2026年1月22日、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、ソフトウェア特許の適格性に関する重要な先例となる判決を下しました。US Patent No. 7,679,637 LLC v. Google LLC事件(事件番号:2024-1520)において、CAFCはワシントン州西部地区連邦地方裁判所の棄却判決を支持し、ウェブ会議システムに関する特許クレームが35 U.S.C. § 101の下で特許不適格であると判断しました。
本判決は、ソフトウェア特許における 「how vs. what(どのように vs. 何を)」 というパラダイムを明確化するものです。つまり、特許には単なる 達成する結果(what)にとどまらず、 それをどのように達成するか(how) という技術的具体性が求められるという原則が今回の判決で改めて確認されました。
本稿では、この判決の法的意義、技術的背景、そして今後のソフトウェア特許実務への影響を詳細に解説します。
2. 事件の背景

2.1 当事者について
本件の原告はUS Patent No. 7,679,637 LLCという、いわゆるNPE(Non-Practicing Entity:特許不実施主体)です。同社は、Global IP Law Group(シカゴ)のDavid P. Berten弁護士らに代理されていました。Berten弁護士は、Nortel Networksの記録的な45億ドル規模の特許売却を担当した実績を持つベテラン特許弁護士です。
被告のGoogle LLCは、Jones Day法律事務所(ロサンゼルス、ワシントンD.C.、パロアルト)のJohn R. Boulé III弁護士らに代理されました。
2.2 対象特許の概要
問題となった米国特許第7,679,637号(以下「’637特許」)は、「Time-shifted Web Conferencing(タイムシフト・ウェブ会議)」と題され、2010年3月16日に発行されました。これは、Alice判決およびMayo判決以前の出願に基づく特許です。
Alice判決(Alice Corp. v. CLS Bank International, 573 U.S. 208, 2014年):汎用コンピュータ上で実装された抽象的アイデアは特許適格性を持たないと判示。ソフトウェア特許の審査に2段階テスト(Step 1:抽象的アイデアへの該当性、Step 2:発明的概念の有無)を確立した画期的判決。
Mayo判決(Mayo Collaborative Services v. Prometheus Laboratories, 566 U.S. 66, 2012年):自然法則に従来のステップを単に追加しただけのクレームは特許適格性を持たないと判示。Alice判決と合わせて「Alice/Mayoフレームワーク」として、現在の特許適格性判断の基礎となっている。
‘637特許の核心は、リアルタイムのデジタル通信における「非効率性(great inefficiencies)」を解決することにあります。具体的には:
- 参加者がセッションの開始を待つ時間の無駄
- ライブフィードを失わずにプレゼンテーションの過去の部分を確認できない問題
この特許は、 「タイムシフティング」 機能を通じて、参加者がセッションをリアルタイムで観察したり、進行中でも遅延して観察したり、完了後に観察したりすることを可能にするシステムを提案していました。
2.3 訴訟の経緯
訴訟は以下の経緯で進みました。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2023年4月17日 | US Patent No. 7,679,637 LLCがGoogleを提訴(YouTubeサービスがクレーム2〜5、7〜9を侵害していると主張) |
| 2024年1月24日 | John H. Chun判事が12(b)(6)に基づくGoogle側の却下申立てを認容 |
| 2026年1月22日 | CAFCが地裁判決を支持(先例拘束力のある判決) |
📌 12(b)(6)とは? 連邦民事訴訟規則(Federal Rule of Civil Procedure)12(b)(6)は、「訴状が救済を受けるに足る請求を記載していない」(failure to state a claim upon which relief can be granted)ことを理由とする却下申立てです。この段階では証拠調べを行わず、訴状の記載内容のみに基づいて判断されます。特許訴訟において、被告が特許適格性(Section 101)の欠如を理由に12(b)(6)申立てを行い、訴訟の早期段階で棄却を求めることは、近年増加している戦略の一つです。
地裁のChun判事は、特許クレームが発明的概念(inventive concept)を欠く抽象的アイデアに向けられていると判断し、訴状の修正も認めませんでした。修正を認めても、特許明細書自体に記載された技術的欠陥を克服することは不可能であるという「futility(無益性)」を理由としています。
3. 主要な争点と裁判所の判断

CAFCのMoore首席判事が執筆した本判決は、Hughes判事およびStoll判事とのパネルによるものです。裁判所は地裁の適格性に関する結論を de novo 審査しました。
📌 de novo審査とは? de novoはラテン語で「最初から」を意味し、控訴裁判所が下級審の判断に一切の敬意(deference)を払わず、証拠や法律問題を最初から独自に判断する審査基準です。特許適格性(Section 101)は法律問題とされるため、CAFCはde novo基準で審査します。これに対し、事実認定については「明白な誤り(clear error)」基準など、より下級審に敬意を払う基準が適用されます。de novo審査では、控訴裁判所が地裁と異なる結論に達する可能性が高くなります。
3.1 Alice Step One:抽象的アイデアへの該当性
Alice-Mayoフレームワークの第一段階では、クレームが 特許不適格な概念(抽象的アイデアなど)に「向けられている」 かどうかを判断します。
地裁の判断: クレームは「録画されたコンテンツの再生」という抽象的アイデアに向けられている。
原告の反論: これは過度な一般化であり、クレームは「プレゼンテーションを非同期的にレビューしながら、同時にライブでも視聴できる」という具体的な改良に向けられている。
CAFCの判断: 原告の狭い解釈を採用したとしても、クレームは依然として抽象的アイデアに向けられている。その理由は以下のように述べています:
「これらのクレームは、『非同期レビューの目標がどのように達成されるか』を記述しておらず、結果志向の一般性(result-oriented generality)のレベルで記載されているため、抽象的アイデアの単なる実装に過ぎない。」
裁判所は Hawk Technology Systems, LLC v. Castle Retail, LLC事件 (60 F.4th 1349, Fed. Cir. 2023)を引用し、帯域幅を節約しながら品質を維持するなどの技術的問題に対する「具体的な解決策(specific solution)」を記載しないクレームは、その解決策自体の抽象的アイデアに向けられていると判示しました。
3.2 機能的クレーミングの位置づけ
本判決の注目すべき点の一つは、 機能的クレーミング(functional claiming) の問題がAliceフレームワークのどこに位置づけられるかという点を明確にしたことです。
口頭弁論において、Moore首席判事は次のように率直に認めました:
「この結果志向の機能的クレーミングの問題は、Step 1の問題なのか、Step 2の問題なのか?正直に言って、その境界線がどこにあるのか、私自身も常に分かっているわけではない。」
このような発言があったものの、最終的な判決では、機能的クレーミングの欠陥をStep 1の「向けられている(directed to)」分析の一部として統合しました。これにより、実装の詳細が欠如している場合、Step 2の「発明的概念」分析に到達する前に、クレームを無効化できる効率的なメカニズムが確立されました。
3.3 Alice Step Two:発明的概念の有無
Step 1で抽象的アイデアに向けられていると判断された場合、Step 2では 「発明的概念」、つまり、クレームが不適格な概念以上の「significantly more(著しく多くのもの)」を構成することを保証する要素、を探します。
原告の主張する発明的概念:
- 複数のデータストリームの操作を可能にする2つのクライアントアプリケーションシステム
- オーディオピッチを維持しながら再生速度を変更するタイムスケール修正(TSM)コンポーネント
CAFCの判断:
裁判所は、これらの要素が従来のコンポーネントであり、通常の機能に従って動作しているに過ぎないと認定しました。
| 原告の主張 | 明細書に基づく裁判所の判断 |
|---|---|
| 2つのクライアントアプリケーションによるストリーム操作 | 明細書がクライアントアプリケーションは標準的なウェブコンポーネントであると認めている |
| 分離された流動的なマルチストリーム観察 | 「既存のウェブ会議アプリケーションの類似コンポーネントに似ている」と記載 |
| オーディオピッチ保存のためのTSM統合 | 明細書が「既製のアルゴリズム(off-the-shelf algorithms)」を参照していると明示 |
特に、原告がシステムの「秘密のソース」と呼んだTSMコンポーネントについて、裁判所は明細書自体がこれを従来技術に基づく既製のアルゴリズムとして説明していることを重視しました。
4. 判決の意義

4.1 「Tu Quoque(お前も同罪)」抗弁の拒否
原告は、興味深い法的戦略として 「Tu Quoque」抗弁 を試みました。これは、Google自身がビデオ会議やメディアストリーミングに関する多数の特許を保有しており、それらの多くが’637特許と同様の「機能的クレーミング」技法を使用しているという主張です。
原告は、Googleがそのような特許を継続的に取得・行使していることは、機能的ソフトウェアクレームの適格性を「信じている」ことの証拠であると主張しました。
CAFCの判断:
「Googleの特許クレームの特許適格性は本件の審理対象ではなく、’637特許の分析には何ら関係がない。」
この判断は、特許法の基本原則を強調しています:特許の有効性は、当事者の行動や保有資産とは独立して評価されるということです。被告自身の特許戦略が、原告のクレームの適格性に対する「譲歩」を構成することはありません。
4.2 12(b)(6)段階での適格性判断の正当性
原告は、特許適格性を却下申立ての段階で判断することは時期尚早であり、技術的改良に関する事実上の争点について完全な証拠記録が必要であると主張しました。
CAFCはこの主張を退け、以下の点を明確にしました:
- 適格性は、特許と訴状のみに基づいて法律問題として解決可能(妥当な事実上の争点がない場合)
- 特許権者に有利なすべての合理的推論を引き出しても、クレームは「結果志向の一般性」のレベルで記載されておりAliceテストをパスすることができない
- 訴状の修正は無益:’637特許自体がそのコンポーネントを従来技術として記述しており、この内在的記録は変更不可能
4.3 明細書における「従来性」記載の決定的影響
本判決は、 明細書の記載が「従来性の罠(conventionality trap)」 を生み出し得ることを示しています。明細書がコンポーネントを一般的な用語で説明したり、既存技術における普及を認めたりしている場合、それらの記載は発明的概念の欠如の証拠として使用される可能性があります。
重要な示唆として、 特許の技術的価値は出願時点で実質的に「固定」 されており、訴訟中の事後的な新規性の主張によって内在的記録の標準慣行に関する記載を覆すことはできませんので、明細書作成時に注意が必要です。
5. 今後の展開
5.1 2026年の特許法動向との関連
本判決は、2026年初頭の特許法の広範なトレンドを反映しています。
In re Blue Buffalo Enterprises, Inc.事件(No. 2024-1611, Fed. Cir. 2026年1月14日判決)では、CAFCが「configured to」という表現について、明細書に具体的な限定語がない場合、単に機能を「capable of」実行することを意味すると判示しました。これは、クレームを結果志向に見せ、Section 101の攻撃に対して脆弱にします。
‘637特許の「arranged to allow」という表現も同様の機能的パターンに従っており、2つの判決の相乗効果は、CAFCが曖昧な機能ベースのクレーミングにペナルティを課す方向に動いていることを示唆しています。
5.2 USPTO政策との交差点
John Squires長官の下でUSPTOは、2025年12月に 「Subject Matter Eligibility Declaration(SMED)」イニシアチブ を導入しました。SMEDは、出願人が37 C.F.R. § 1.132に基づく証拠宣言書を提出し、発明が計算性能、ストレージ、またはデータ構造における改良を提供することを立証できるようにするものです。
しかし、本判決はSMEDアプローチの限界を示しています。SMEDは、開示が根本的に一般的である場合、元の開示を補足することはできません。’637特許のケースでは、従来性に関する明細書の記載がすでに内在的記録に固定されていました。
5.3 ウェブ会議・マルチメディア業界への影響
本判決は、GoogleおよびYouTube、Zoom、Google Meetなどのプラットフォームを含む広範なウェブ会議業界にとって重要な勝利を提供します。
| 業界サービス | ‘637判決の影響 |
|---|---|
| ライブストリーミング(YouTube) | DVR的な再生と録画中の非同期インタラクションの保護 |
| 企業コラボレーション(Meet/Teams) | チャットとビデオのマルチストリーム同期使用の標準化 |
| 教育プラットフォーム | 独自ライセンスの懸念なく講義の非同期レビューを促進 |
6. 結論
US Patent No. 7,679,637 LLC v. Google LLC事件は、2026年のソフトウェア市場における結果志向の機能的クレーミングの脆弱性を示す決定的なケーススタディとなりました。
本判決から得られる主要な教訓は以下の通りです:
- 明細書の優位性:「従来性」や「既製の」使用に関する明細書の記載は、12(b)(6)段階で覆すことがほぼ不可能
- 実装の重視:ユーザーが何をできるか(What)を記述するクレームは抽象的であり、コンピュータがデータ処理やストリームアーキテクチャの具体的改良を通じてどのように(How)それを実現するかを記述する必要がある
- ポートフォリオの独立性:被告自身の特許戦略は、適格性分析には法的に無関係
- USPTOイニシアチブの限界:SMEDなどの行政上の手段は、Article III裁判所における内在的記録の司法解釈を覆すことはできない
📌 Article III裁判所とは? 合衆国憲法第3条に基づく連邦裁判所(地裁・控訴裁・最高裁)を指し、行政機関であるUSPTOとは区別されます。USPTOの行政手続きは、連邦裁判所の司法判断を拘束できません。
現在の特許法は、ソフトウェア開発の技術的現実と特許庁の法的言語との間の厳格な整合性を求めています。本判決は、CAFCがAlice Step Oneにおいて「how vs. what」の審査を正式化した瞬間として記憶されることになるでしょう。AI駆動のデジタル経済がますます複雑化する中、一般的なソフトウェア特許のための余地はさらに縮小していくことは間違いありません。