特許訴訟における権利行使やその弁護のために信頼できる弁護士事務所を選ぶのは大切ですが、正式に雇う前にやり取りされた情報は、たとえその事務所を代理人として選んだ場合でも、秘匿特権の保護を受けない可能性があります。なので、戦略など訴訟に関わる重要な情報のやり取りは正式に代理人を任命してから行いましょう。
判例:Payrange, Inc. v. Kiosoft Technologies, LLC, Case No. 20-cv-20970 (S.D. Fla. March 10, 2021)
秘匿特権で保護される情報はDiscoveryで相手に情報を渡さなくても大丈夫です。しかし、保護されていないのであれば、その情報が秘匿性の高い内部資料であっても、訴訟相手に渡り、訴訟の手続きにおいてその情報が自社の不利になるような形で使われる可能性があります。そのため、アメリカの訴訟において、内部資料が秘匿特権の対象になるかならないかは、訴訟においてとても重要な要素になる場合があります。
雇われる前の提案書は秘匿特権で保護されるべきか?
原告であるPayrangeは、現在の訴訟弁護士であるWilson Sonsiniが作成したパワーポイント・プレゼンテーション(以下、「提案書」)を特権として保留することを裁判所に求めました。Wilson Sonsiniは、Payrangeの代理人となる前に、依頼されることを期待して、このプレゼンテーションを作成し、Payrangeに転送していました。
Payrange社は、提案書は弁護士-クライアント間および業務上の生産物の両方の特権(attorney-client and work-product privileges)で保護された特権的なコミュニケーションであると主張しました。
肝心の提案書の内容ですが、主にWilson Sonsiniの訴訟経験、知的財産および特許分野での経験、弁護士の経験に関する情報、および提案された料金体系に関する背景が記載されていました。また、提案書には、この訴訟の裁判地となりうる地域の比較が含まれていて、要旨ページでは、これらの裁判地のうちの1つを優先することを推奨しており、最後に、Payrange社が他社に被告と関わるのを思いとどまらせるようにすることを提案していました。
秘匿特権で保護されるべきものは何なのか?
被告は、原告がWilson Sonsiniに依頼する前に提案書が作成されたという事実を始め、いくつかの根拠に基づいて特権の主張に異議を唱えました。被告はさらに、特にPayrangeが弁護士費用の請求を行ったことから、訴訟費用に関する情報はDiscoveryの対象であるべきだと主張。
また、被告は、Payrangeが見込み客に被告との取引を思いとどまらせるよう勧める要旨ページの記述は、法的助言ではなくビジネス上の助言の提供であり、Payrangeが顧客に被告との取引を思いとどまらせるよう勧める記述は「不法行為を助長するもの」であるため、Payrangeが特権を使って文書を保留することを認めることは公共政策を損なうことになると主張しました。
一般的な情報は秘匿特権の対象外
提案書が保護されるべきかどうかを分析するために、連邦地裁は提案書を3つの部分に分けました。
まず、連邦地裁は、それが法的サービスの入札であり、Wilson Sonsiniによる知的財産と特許分野の法的サービスの提案に関する情報を、Payrangeのために若干調整して反映させたものであると指摘。
そのため、情報のほとんどはWilson Sonsiniに固有のもので、一般化された訴訟戦略の記述や弁護士の経歴とともに、知的財産権と特許訴訟の業務分野での称賛を詳細に述べていました。提案書には、訴訟予算案も含まれていました。
連邦地裁は、異議申立人が提案書のこの部分を取り上げておらず、この内容に対する特権の主張を立証するための議論も証拠も提示していないことを指摘しました。
コミュニケーションの保護であり、事実を保護するものではない
第二に、提案書には考えられる裁判地 (venue) の比較が記載されていました。
被告は、事実関係の記述は、被告のそれぞれの事業所に関する一般に入手可能な情報と、それに関連する訴訟の統計やタイムラインに限られているので、秘匿特権による保護の対象外と主張しました。
連邦地裁は、特権の目的はコミュニケーションを保護することであって、事実を保護することではないことを指摘した上で、Payrange社はその義務を果たしていないと判断しました。しかし、被告が申し立てに対して提案した限定的な修正を認めました。
法的アドバイスを求めていたのかが曖昧だと保護の対象にならない可能性も
第3に、提案書の要旨ページには、Payrangeが被告との取引を控えるよう提案する記述が含まれていました。
Payrange社は、この記述が「暗黙のうちに法的提言をしている」と主張。
しかし、連邦地裁は、「争点となった記述は、提案書の他の内容とは異なり、原告の被告との紛争を具体的に対象としているが、原告が申し立てを公表できるかどうかという問題に関して法的助言を求めたことを証明するものではない。また、原告は、クライアントが公表する権利についてアドバイスを求めたという証拠をもってこの提案を立証しておらず、ページ上の言葉からは、このような出来事があったことを直感的に理解することはできない。また、裏付けとなる証拠がないため、原告は、提案書が求められていた保護されるべき法的助言を反映していることを証拠の優越(preponderance of the evidence)によって証明することができず、したがって、原告の弁護士-依頼者間の秘匿特権の主張は失当である」と述べています。
attorney work-productにおける特権保護には、「弁護士の精神的印象を反映しているか?」が重要になってくる
連邦地裁は、弁護士の業務上の生産物(attorney work-product)の主張も却下しました。
地裁は、原告は、提案書がその弁護士の精神的印象(the mental impressions of its counsel)を反映しているという主張に対して、事実上の裏付けを提供していないことを指摘。原告の特権主張を裏付ける、あるいは提案書の出所を説明するために提出された唯一の証拠は、Wilson Sonsiniの宣言であり、それは「2020年2月13日以前に、Wilson Sonsiniが提案書を(原告のCEOである)Paresh Patel氏に提供した」と説明しているだけでした。
また、連邦地裁は、弁護士が事実をまとめたのだから、提案書は必然的に弁護士の精神的印象を反映したものになるというPayrange社の主張を退けました。地裁は「この主張は結論ありきの話であり、原告の弁護士の業務上の生産物における特権の主張を支えるには不十分である。」としました。
従って、連邦地裁は、被告が同意した限定的な編集を行った上で、提案書の提出を命じました。
参考文献:”District Court Determines Pre-Litigation Analysis Sent from Current Litigation Counsel—But Before Retention—Is Not Privileged” by Stanley M. Gibson. Jeffer Mangels Butler & Mitchell LLP