USPTO telework policy changes impact on patent examination, showing a complex landscape of remote work challenges and potential strategies for patent practitioners

USPTOテレワーク終了の危機:審査遅延に備えるために今からできる対策

はじめに

米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下「USPTO」)のテレワーク政策が大きな転換点を迎えています。2025年1月、トランプ新政権による連邦政府職員への「対面式勤務復帰命令」(Return-to-Office Mandate)が発令され、パンデミック前からUSPTOに定着していたテレワーク体制からの大幅な変更が進行中です。

この政策変更は、USPTOの内部運営にとどまらず、特許出願の処理や審査プロセスにも重大な影響を及ぼす可能性があります。特に注目すべきは、この命令と特許庁職員労働組合(Patent Office Professional Association、以下「POPA」)が2024年12月に締結した集団的交渉合意(Collective Bargaining Agreement、以下「CBA」)との間に生じている深刻な対立です。USPTOの管理層はCBAに基づくテレワーク契約を「違法で執行不能」(Illegal and Unenforceable)と主張し、この問題は現在、紛争へと発展しています。

本記事では、USPTOのテレワーク政策変更の詳細、POPAとの労使紛争(Labor Dispute)の現状、そしてこれらの変化が特許実務家とクライアントにもたらす実務的影響と対応策について解説します。特許審査の遅延や審査官の離職増加など、特許戦略の見直しを迫る可能性のある重要な変化について、特許弁理士が知っておくべき情報を提供します。

テレワーク政策の変更点と現状

2025年1月の対面式勤務復帰命令の概要

2025年1月の大統領メモランダム(Presidential Memorandum)は、全連邦機関の職員に対して勤務地での全日対面勤務(Full-time In-person Work)への復帰を指示しました。この政策変更は、パンデミック期間中に確立されたテレワーク体制からの大幅な転換を意味します。さらに、政府効率化部門(Department of Government Efficiency、通称「DOGE」)のイーロン・マスク氏も、全連邦職員の対面勤務復帰を求める指令を出しています。

この命令によると、政策改定と職員通知は2025年1月24日までに完了し、30日以内に完全実施することが求められています。この短期間での移行は、USPTOのような大規模な在宅勤務体制を持つ機関にとって大きな課題となっています。

現在のUSPTO職員の96%がテレワーク状態

2023年のテレワーク年次報告書(Telework Annual Report)によると、USPTOの職員のうち96%が在宅勤務を行っています。1986年から続くテレワーク制度は、優秀な審査官の採用・維持、オフィススペースコストの削減、業務効率の向上に貢献してきました。

この高いテレワーク率は、USPTOが長年かけて構築したワークスタイルであり、審査官の生活や業務パターンも在宅勤務を前提に確立されています。そのため、アレキサンドリアの本部や5つの支部オフィスへの復帰要請は、多くの審査官にとって大きな生活変化を強いることになります。

試用期間中の特許審査官への出社命令の詳細

2025年4月14日、USPTOの管理層は「試用期間中の特許審査官の出社通知」(Notice of Campus Reporting for Patent Examiners in Probationary Period)を発出しました。この通知によれば、アレキサンドリア本部から50マイル以内に居住する試用期間中の特許審査官は、2025年5月27日から1年間、オフィスへの出社が義務付けられ、テレワークは一切認められないとしています。

特に懸念すべき点として、この措置は試用期間が終了した後も2026年5月27日までの1年間はテレワークが認められないと定めています。例外は軍人配偶者(配置転換で50マイル以上離れる場合)と合理的配慮が認められる場合のみです。

スーパーバイザリー特許審査官(SPE)と管理職への影響

テレワーク復帰命令は、特に管理職層に大きな影響を与えています。スーパーバイザリー特許審査官(Supervisory Patent Examiner、以下「SPE」)は労働組合協定の対象外であるため、既に出社命令の対象となっています。

SPEは通常、補助審査官(Junior Examiner)から主任審査官(Primary Examiner)を経て昇進するポジションであり、技術分野と特許審査実務の両方に豊富な専門知識を持っています。彼らは新人審査官の研修、審査基準の一貫性確保、品質管理監督など重要な役割を担っており、新人審査官のメンターとして特許法、USPTO手続き、審査の複雑な技術を指導しています。

多くのSPEは元々USPTOに入庁した際の要件として50マイル圏内に居住しているため、完全な移転ではなく通勤負担の増加が主な影響となりますが、中には在宅勤務を維持するために主任審査官へ降格するケースも考えられます。これは審査ユニット(Art Unit)の管理体制に空白を生じさせる可能性があります。

POPAの法的対応と労使紛争

2025年4月24日のPOPA苦情申立ての内容

2025年4月24日、POPAはUSPTOに対して、「試用期間中の特許審査官の出社通知」に関する苦情を正式に申し立てました。POPAはこの通知が2022年11月8日の「USPTOオフィスからリモートで働くために雇用された特許職員のためのテレワーク契約」(Telework Agreement for Patent Employees Hired to Work Remotely From a USPTO Office)に明らかに違反していると主張しています。この2022年の契約では、試用期間中の特許審査官もフルタイムテレワークプログラムや部分的テレワークプログラムに参加できると明記されていました。

POPAの苦情申立ては、出社命令が試用期間中の審査官だけでなく、試用期間を終えた審査官もキャンパス復帰から1年間はテレワークを禁止するものであり、これが2022年2月7日の「特許フルタイムテレワークプログラム」(Patent Full-time Telework Program)にも違反すると指摘しています。

2022年のテレワーク契約との矛盾点

2022年2月7日の「特許部分的テレワークプログラム2022契約」(Patent Part-time Telework Program 2022 Agreement)では、試用期間中の従業員も給与期間ごとに最大40時間までテレワーク可能と定められています。また、同日に合意された「特許フルタイムテレワークプログラム」は、試用期間を終えたすべての審査官が利用できる3つのテレワークオプションを提供していました。

特に重要な点として、2024年12月11日に締結された「覚書を保持するための副合意」(Side Agreement for Retention of Memoranda)により、これらの契約は新しいCBAの期限である2029年6月30日まで効力を維持することが合意されていました。POPAは、2025年2月8日に締結された覚書では政府全体の採用凍結期間中に雇用された特許審査官が試用期間中キャンパスで勤務することのみが合意されており、それ以前に雇用された試用期間中の職員のテレワーク資格に変更はないと主張しています。

連邦サービス労働管理関係法に基づく不当労働行為の主張

POPAによれば、USPTOの4月14日の通知は「POPAとUSPTOの間のテレワーク合意は違法であり執行できない」と主張しており、これは合意の拒否であり、連邦サービス労働管理関係法(Federal Service Labor Management Relations Statute)5 U.S.C. § 7116(a)(1)および(5)に違反する不当労働行為(Unfair Labor Practice)にあたるとしています。

さらにPOPAは、トランプ大統領の2025年1月20日の出社命令を執行しようとすることも、5 U.S.C. § 7116(a)(7)に違反すると主張しています。この条項は「適用される集団的交渉合意と矛盾する規則または規制を執行することは、その合意が規則または規制が規定される日より前に有効であった場合、不当労働行為となる」と規定しています。

テレワークを「最大限可能な範囲」で許可する法的要件

POPAの苦情申立ては、USPTOがテレワークを「最大限可能な範囲」で許可することを義務付ける以下の5つの法規を根拠としています:

  1. 2001年運輸関連機関歳出法(Department of Transportation and Related Agencies Appropriations Act, 2001)(Pub. L. No. 106-346)
  2. 2004年商務・司法・国務・司法・関連機関歳出法(Departments of Commerce, Justice, and State, the Judiciary, and Related Agencies Appropriations Act, 2004)(Pub. L. No. 108-199)
  3. 2005年商務・司法・国務・司法・関連機関歳出法(Departments of Commerce, Justice, and State, the Judiciary, and Related Agencies Appropriations Act, 2005)(Pub. L. No. 108-447)
  4. 2006年科学・国務・司法・商務関連機関歳出法(Science, State, Justice, Commerce, and Related Agencies Appropriations Act, 2006)(Pub. L. No. 109-108)
  5. 2010年テレワーク強化法(Telework Enhancement Act of 2010)(Pub. L. No. 111-192、5 U.S.C. § 6501以降)

これらの法規はいずれも、連邦機関が適格な従業員に対して「業績低下なく最大限可能な範囲で」テレワークを許可することを義務付けています。POPAはこれらを根拠に、4月14日の通知の撤回と、すべてのテレワーク契約の遵守を求めています。

特許出願の処理への影響分析

未審査特許の滞貸増加:現在82万件以上

USPTOの未審査特許の滞貸は現在826,736件に達し、総審査期間は26.1ヶ月となっています。パンデミック前は滞貸と総審査期間が減少傾向にありましたが、審査官の離職や生産性不足による解雇が滞貸の増加を招いています。新規出願数は一貫して安定していることから、審査滞貸は過去最高水準に達しています。

この問題に対処するため、USPTOは2023年に644人の特許審査官を採用し、2024年には追加で約850人以上を採用する予定でした。しかし、2024年に採用された審査官の多くが採用凍結の対象となっており、開始日が無期限に延期されています。

審査官の離職リスクと採用凍結の複合的影響

テレワークからの突然の移行は、審査官の離職率増加を招く恐れがあります。多くの審査官は高度な技能を持つ専門家であり、代替的なキャリアオプションも持っています。特に、テレワーク制度に基づいて家族や生活基盤を確立した審査官にとって、移転や長距離通勤、一時的な宿泊施設での生活は魅力的な選択肢ではありません。

さらに、トランプ政権の連邦職員採用凍結は、新規審査官の採用を妨げています。USPTOは特許滞貸削減のために長年積極的に審査官を採用してきましたが、この凍結により多くの新規採用が無期限に延期されています。

採用凍結と審査官離職の組み合わせは、既に高水準にある特許審査の滞貸と総審査期間をさらに悪化させる可能性が高いです。

審査の質と一貫性への懸念事項

特許審査官の急激な変動は、審査の質と一貫性にも影響します。特に、SPEが在宅勤務を維持するために主任審査官に戻るケースが増えれば、審査ユニットの管理体制に空白が生じる可能性があります。

SPEは審査基準の一貫性確保や品質管理などの重要な役割を担っており、彼らの減少は審査プロセス全体の質に影響を与えかねません。また、経験豊富な審査官の離職は技術知識の損失につながり、特に複雑な技術分野における審査の質に懸念が生じます。

総審査期間の長期化予測

現在26.1ヶ月の総審査期間は、テレワーク政策変更による審査官の離職増加と採用凍結の影響により、さらに長期化する可能性が高いです。審査官不足は審査までの待ち時間を延ばすだけでなく、審査プロセス全体(最初の審査からの応答、後続の審査、最終的な処分まで)を遅延させます。

特に懸念されるのは、現在の未審査出願数が826,736件と過去最高水準にあることです。これにテレワーク政策変更による混乱が加われば、総審査期間は30ヶ月を超える可能性も否定できません。

特許実務家が取るべき対応策

クライアントへの状況説明と期待値の適切な設定

特許実務家は、USPTOのテレワーク政策変更と潜在的な審査遅延についてクライアントに積極的に説明する必要があります。これには、現在の未審査出願数、平均審査期間、そしてそれらが今後どのように変化する可能性があるかについての情報を含めるべきです。

クライアントの期待を適切に管理することは重要です。特許権の取得にかかる時間が延長される可能性について事前に通知し、ビジネス計画や資金調達活動などにおける影響を考慮できるようにすることが望ましいでしょう。特に、出願の時期や特許権取得のタイミングがビジネス戦略に重要な影響を持つ場合には、この情報は不可欠です。

出願戦略の再検討と調整オプション

現在の状況を踏まえ、クライアントの出願戦略を再検討することが重要です。特に以下の点について検討が必要です:

  1. 出願の優先順位付け:最も重要な発明や市場価値の高い技術に集中し、リソースを効率的に配分する
  2. 国際戦略の見直し:USPTOの遅延を考慮し、PCT出願や他国での先行出願なども視野に入れる
  3. 仮出願の戦略的活用:重要な出願日を確保しつつ、本出願のタイミングを柔軟に調整する

また、USPTOの各技術センターによって審査の進行状況は異なるため、技術分野ごとの待ち時間を考慮した上で戦略を調整することも重要です。

優先審査制度の戦略的活用方法

審査の遅延に対処するための重要なツールとして、USPTOの優先審査制度(Track One Prioritized Examination)の戦略的活用を検討すべきです。この制度では、追加料金を支払うことで審査が優先され、最終処分までの時間を大幅に短縮できます。

特に以下のケースでは優先審査の利用が有効です:

  1. 市場競争が激しい技術分野の発明
  2. 製品ライフサイクルが短い技術
  3. 資金調達やライセンシングに特許権が不可欠な状況
  4. 侵害懸念があり早期の権利確定が必要なケース

優先審査の費用対効果を分析し、クライアントのビジネス目標と照らし合わせて、どの出願にこの制度を適用すべきか慎重に判断することが重要です。

特許審査官とのコミュニケーション最適化戦略

審査官の負担増加と環境変化を考慮すると、効果的なコミュニケーション戦略が従来以上に重要になります:

  1. 審査官面接の積極的活用:特に複雑な技術や争点がある場合、電話やビデオ会議による面接で直接議論することが効果的
  2. 明確で簡潔な応答:審査官の時間制約を考慮し、要点を明確に伝える応答文書を心がける
  3. クレーム修正の戦略的アプローチ:全面的な拒絶よりも、段階的な改良で合意点を見出す柔軟な姿勢を持つ
  4. 先行技術の徹底分析と対応:関連する先行技術について詳細な分析と明確な区別を提示する

また、テレワーク環境から対面環境に移行する審査官の状況を理解し、彼らの業務環境の変化に配慮したコミュニケーションを心がけることも重要です。

今後の見通しと準備すべきシナリオ

労使紛争の法的解決プロセスの行方

POPAとUSPTOの間の現在の労使紛争は、法的解決に向けて複数の経路を辿る可能性があります。USPTOは現在のテレワーク契約が「違法で執行不能」と主張していますが、POPAは連邦サービス労働管理関係法に基づいてこれを不当労働行為として争っています。

全国労働関係委員会(National Labor Relations Board、以下「NLRB」)は最近、労働条件の変更前に労働組合と交渉する義務があるとの判断を示しており、これはPOPAの立場を支持する先例となる可能性があります。しかし、トランプ政権はNLRB議長と法律顧問を解任しており、将来的な判断が変わる可能性も否定できません。

また、2024年12月に締結されたPOPAとの集団的交渉合意が「前政権の最終段階で締結され新大統領を制約する」として無効と判断される可能性もあります。訴訟が連邦裁判所に持ち込まれた場合、最終的な判断には相当の時間を要するでしょう。

PTAB審判官の出社命令による審判への影響予測

特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下「PTAB」)の審判官も出社命令の対象となっています。PTAB審判官は主に特許の有効性を判断する役割を担っており、その対面勤務復帰は審判プロセスに影響を与える可能性があります。

具体的な影響としては:

  1. 審判スケジュールの遅延:審判官の移行期間中に一時的な処理能力低下が生じる可能性
  2. 口頭審理の形式変更:これまでの仮想審理から対面審理への移行
  3. 決定の一貫性への影響:審判官の入れ替わりにより判断基準の変化が生じる可能性

特に、当事者系レビュー(Inter Partes Review、以下「IPR」)やポスト付与レビュー(Post-Grant Review、以下「PGR」)などの審判手続きを検討している当事者は、これらの潜在的な変化を考慮に入れる必要があります。

技術分野別の審査遅延予測と対策

USPTOの技術センターごとに、審査官の離職率や採用状況、既存の滞貸などが異なるため、技術分野によって審査遅延の程度も異なる可能性があります。

一般的に、以下の要素が審査遅延に影響を与えると予想されます:

  1. 既存の滞貸の規模:既に滞貸が多い技術分野はさらに遅延が拡大する可能性
  2. 審査官の離職率:テレワーク依存度の高い特定分野では離職率が高まる可能性
  3. 技術的複雑さ:新人審査官の訓練に時間を要する複雑な技術分野は人材交代の影響が大きい

特許実務家は、担当する技術分野の特性を理解し、クライアントに適切なガイダンスを提供するために、各技術センターの状況を注視することが重要です。

長期的なUSPTO運営変化に関する考察

今回のテレワーク政策変更は、より広範なUSPTO運営の転換点となる可能性があります。USPTOは現在、複数の課題に直面しています:

  1. 連邦人員削減:「繰延バイアウトプログラム」(Deferred Buyout Program)を通じた人員削減の圧力
  2. 採用凍結:新規人材確保の制限
  3. オフィススペースの制約:多数の職員が対面勤務に戻った場合の物理的スペースの不足

これらの変化は、USPTOの組織文化や運営モデルに長期的な影響を及ぼす可能性があります。特許実務家は、これらの変化が特許審査の質、一貫性、効率性にどのように影響するかを注視し、適応していく必要があるでしょう。

まとめ:特許実務家としての戦略的アプローチ

USPTOのテレワーク政策変更に伴い、特許実務家は様々な課題に直面する中、クライアントとの透明なコミュニケーション維持、柔軟な出願戦略の採用、優先審査制度の選択的活用、効率的な審査官とのコミュニケーション、そして技術分野別の状況把握を重視すべきです。POPAとUSPTOの労使紛争の行方は不透明ですが、特許実務家は変化する環境において単なる法的手続きの遂行者ではなく、クライアントのビジネス目標達成を支援する戦略的アドバイザーとしての役割を強化し、専門知識と先見性をもって対応することが求められています。

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