はじめに
製薬関連特許において、FDA(Food and Drug Administration:米国食品医薬品局)による規制審査のために失われた時間を補償するための特許存続期間延長(Patent Term Extension:PTE)は重要な制度です。この制度は、特許権者が新薬開発のために行われる規制審査プロセスで失われた時間を取り戻すための仕組みであり、Hatch-Waxman法(医薬品の価格競争と特許期間回復法)の下では、特許の存続期間が最大5年まで延長可能となっています。
特に再発行特許(Reissue Patent)の場合、PTEをどのように計算すべきかという問題について、連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit:CAFC)が重要な判断を下しました。Merck Sharp & Dohme B.V. v. Aurobindo Pharma USA, Inc.事件において、裁判所は再発行特許のPTEは元の特許の発行日を基準に計算されるべきであると結論付けました。この判決は、製薬特許所有者が特許の再発行を追求する際の重要な影響を持つと考えられます。
本稿では、この判決の背景、法的論点、そして今後の特許戦略への影響について解説します。
事件の背景
関連する特許とFDA承認プロセス
本件に関連する事実関係は以下のとおりです:
- Merckは2003年12月30日に発行された米国特許第6,670,340号(’340特許)の所有者でした
- この特許はBRIDION®(一般名:sugammadex)の有効成分である6-per-deoxy-6-per-(2-carboxyethyl)thio-γ-cyclodextrinをクレームに含んでいました
- 2004年4月13日、Merckは’340特許発行の約4ヶ月後にFDAにsugammadexの承認申請を提出しました
- Merckは特許の再発行を申請しましたが、この申請は2011年のIn re Tanaka事件で連邦巡回裁判所が狭い範囲のクレーム追加が適切な再発行の根拠になると明確にした後でした
- 2014年1月28日、特許は米国再発行特許第RE44,733号として再発行され、元のクレームを維持しつつ12の追加クレームを含みました
- 2015年12月15日、FDAは約12年の審査期間を経てsugammadexを承認しました
- Merckは再発行特許RE44,733に対し、元の’340特許の発行日(2003年12月30日)に基づく最大5年間のPTEを申請しました
- 米国特許商標庁(USPTO:United States Patent and Trademark Office)は2020年2月4日にこの申請を承認し、特許期間を2021年1月27日から2026年1月27日まで延長しました
訴訟の経緯
- 2020年1月から3月にかけて、被告(Aurobindo他複数の製薬会社)はBRIDION®のジェネリック版販売承認を得るために略式新薬承認申請(ANDA:Abbreviated New Drug Application)を提出しました
- 被告は、PTEの計算が不適切であると主張し、再発行特許RE44,733の発行日(2014年1月28日)を基準にすべきと主張しました
- 被告の計算方法では、特許延長期間は以下のように計算されます:
- FDA承認日(2015年12月15日)から再発行特許発行日(2014年1月28日)までの期間
- 計算式:2015年12月15日 – 2014年1月28日 = 686日
- 結果として、特許延長期間は最大5年ではなく686日となります
- 被告の計算方法では、特許延長期間は以下のように計算されます:
- しかし、第一審の地方裁判所はMerckの立場(5年の延長)を支持し、連邦巡回控訴裁判所も同様の判断を下しました
法的論点と裁判所の分析
この事件の核心は、特許法156条(c)(35 U.S.C. § 156(c))の解釈にあります。特許存続期間の延長に関するこの条項は、「特許の期間は、特許が発行された日後に生じる規制審査期間と同等の時間だけ延長される」(”the term of the patent shall be extended for a period equal to the regulatory review period for the approved product which period occurs after the date the patent is issued”)と規定しています。問題は、再発行特許の場合、この「特許が発行された日」(”the date the patent is issued”)が元の特許と再発行特許のどちらを指すかという点です。
特許法156条(c)の解釈
- 核心的な問題:35 U.S.C. § 156(c)の「特許(the patent)」という用語が元の特許と再発行特許のどちらを指すかが争点となりました
- 連邦巡回控訴裁判所は、特許法156条(c)の文言自体が曖昧であると認めました
- この曖昧さを解決するため、裁判所は「特許法全体のより広い文脈」および立法趣旨を考慮して判断する必要があるとしました
裁判所は、本件の争点を「特許(the patent)」という用語の解釈に絞り込み、この解釈がHatch-Waxman法の目的である規制審査期間の補償という本質的な政策目的にどのように影響するかを検討しました。特に、この用語が元の特許を指すのか再発行特許を指すのかという点は、製薬企業が規制審査による遅延で失った時間を適切に補償できるかどうかを左右する重要な判断基準となるとしました。
立法趣旨と政策的考慮
裁判所は、Hatch-Waxman法の主な目的が「新薬の規制審査に費やされた時間によって実質的に短縮された特許期間を製薬会社に補償すること」であると認識しました。
また、CAFCは、特許法251条(再発行特許に関する基本規定)を検討し、同条で使用される「元の特許(original patent)」という用語が最初に発行された特許を指すことに着目しました。特許法251条では、再発行特許は「元の特許」を基礎として発行されるものであり、再発行特許は元の特許の継続として扱われると規定しています。この法的枠組みに基づき、裁判所は特許法156条の「特許」も同様に元の特許を指すと解釈しました。
この解釈により、Merckは規制審査による遅延で失われた排他権の期間に対する完全な補償(最大5年間)を受けられると判断されました。一方、Aurobindoの主張する解釈を採用した場合、Merckは遅延のごく一部(686日間)しか補償されないことになります。裁判所は、「特許所有者が再発行を求める決定のみに基づいて未経過の期間の延長を無効にする理由はない」と明確に述べました。
この判断は、カラコ・ファーマシューティカル事件(Caraco Pharm. Lab’ys, Ltd. v. Novo Nordisk A/S, 566 U.S. 399, 412 (2012))における最高裁判所のアプローチに従い、法律の文言は使用される特定の文脈とより広い法律全体の文脈の両方で解釈されるべきであるという原則に基づいています。
特許法内の他の条項との整合性
裁判所は、自らの解釈が特許法の他の関連条項とも整合性があることを指摘しました:
- 再発行に関する特許法251条および252条との関係を考慮しました。特に、再発行特許は「元の特許の満了していない部分の期間」を継承するという251条(a)の規定が重要です
- 特許法156条(a)の「特許の元の満了日から」という規定との整合性も確認されました
- 特許法154条(a)(2)の特許期間計算に関する規定との整合性も検討されました
さらに、裁判所はUSPTOの長年の実務慣行も決定の根拠となりました。USPTOは、再発行特許のPTEを元の特許の発行日に基づいて計算する方針を一貫して採用しており、本訴訟をきっかけにその方針をMPEP(Manual of Patent Examining Procedure:特許審査便覧)に明記しました。
判決の影響
製薬特許戦略への影響
本判決は、製薬企業の特許戦略に重要な影響を与えるでしょう:
- 再発行特許であっても、元の特許の発行日に基づいてPTEが計算されることが確認されたことで、製薬企業は特許の再発行を求める際のリスクが低減されました
- 特許の再発行は、PTEの恩恵を失うことなく特許保護を強化する有効な手段であることが確認されました
- 特に、Teva v. Amneal(2024年)事件でのOrange Book記載適格性に関する懸念(特許が承認された医薬品の有効成分を明確に特定しているかという問題)に対応するための手段として、特許再発行の魅力が増しました
このような判断は、製薬企業が特許ポートフォリオを最適化する上で重要な指針となります。特に、基本特許に有効成分が明示的に記載されていない場合、再発行特許を通じてクレームを明確化し、Orange Book掲載の適格性を確保することが可能になります。
留意すべき制限事項
ただし、本判決の適用には以下のような制限があることに注意が必要です:
- この判決は元の特許と同じクレームを持つ再発行特許にのみ適用されます。Merckの再発行特許RE44,733は元の’340特許のすべてのクレームを維持していたことが重要なポイントでした
- 規制審査中の薬品製品をカバーするクレームを取り消す場合、PTEの恩恵を喪失する可能性があるため注意が必要です
- 元のクレームを大幅に修正するが取り消さない場合のPTE計算方法は、本判決では明確に示されておらず、未解決の問題として残っています
したがって、再発行特許を検討する際には、元の特許クレームの維持が重要な考慮事項となるでしょう。
結論
Merck v. Aurobindo事件における連邦巡回控訴裁判所の判決は、Hatch-Waxman法の目的である規制審査期間中に失われた特許期間を補償するという立法意図を尊重するものです。裁判所は、再発行特許のPTEを計算する際に元の特許の発行日を基準とすることで、特許所有者が技術的な理由で特許を再発行する決定をしても、それだけで規制遅延に対する補償を失うことがないよう配慮しました。
特許所有者にとって、この判決は特許の再発行がPTEの恩恵を失うことなく特許ポートフォリオを強化する手段として役立つことを示しています。特に、Orange Book記載に関する最近の指針に対応するために、特許再発行を検討する製薬会社には重要な判例となるでしょう。
ただし、再発行特許を検討する際には、元の特許のクレームを維持することの重要性を念頭に置くべきです。クレームの取消しや大幅な修正を行う場合には、PTE計算への影響を慎重に検討する必要があります。