はじめに
米国連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)は2025年3月24日、特許侵害に基づく損害賠償における「convoyed sales(随伴販売)」の要件を明確化する重要な判決を下しました。Wash World Inc. v. Belanger Inc.事件では、非特許製品に対する逸失利益の請求に関する厳格な基準が再確認され、約260万ドルの損害賠償が取り消されることとなりました。
この判決は、日本企業が米国での特許訴訟を検討する際にも参考になる、損害賠償計算の重要な側面を浮き彫りにしています。特に、特許製品と一緒に販売される非特許製品(随伴製品)について逸失利益を回収するための要件が厳格に適用されました。本稿では、この判決の背景、法的枠組み、CAFCの分析、そして実務上の示唆について解説します。
事件の概要
事件の背景
本件は、自動車洗浄システムに関する特許侵害訴訟です。Belanger社は「’041特許」と呼ばれる米国特許第8,602,041号の特許権者であり、この特許は「車両スプレー洗浄機とライト付きスプレーアーム」に関するものです。具体的には、カーウォッシュシステムにおいて、運転者が適切な位置に車両を誘導するための視覚的な手がかりを提供するライト付きのスプレーアームを特徴としていました。
Wash World社の「Razor EDGE」カーウォッシュシステムがこの特許を侵害しているとして、Belanger社は訴訟を提起しました。陪審員は特許侵害を認め、980万ドルの逸失利益損害賠償を認定しました。このうち約260万ドルは、特許製品と一緒に販売された非特許部品(主にドライヤー)に関する逸失利益でした。
下級審の判断
地方裁判所は、Wash Worldの請求を棄却しました。地裁は損害賠償問題を「配分(apportionment)」の問題として分析し、Panduit要素の適用によって損害賠償額は正当化されると判断しました。しかし、CAFCは問題の本質を「配分」ではなく「随伴販売(convoyed sales)」であると指摘し、異なる法的枠組みで分析しました。
Panduit要素とは
特許侵害における逸失利益の算定において、Panduit要素は基本的な枠組みとして広く認められています。 Panduit Corp. v. Stahlin Bros. Fibre Works, Inc.事件(1978年)で確立されたこの基準は、特許権者が逸失利益を回収するために証明すべき4つの要素を定めています:
- 需要の存在(demand for the patented product):特許製品に対する需要が存在すること
- 代替品の不存在(absence of acceptable non-infringing alternatives):特許を侵害しない受け入れ可能な代替品が市場に存在しないこと
- 製造・販売能力(manufacturing and marketing capability to exploit the demand):特許権者が需要を満たすための製造・販売能力を有していたこと
- 利益の計算可能性(the amount of profit the patentee would have made):特許権者がもし侵害者の販売を行っていたら利益を上げていたであろうこと
これらの要素をすべて証明できれば、特許権者は侵害者の販売によって失われた利益を回収する権利があるとされます。
特許損害賠償における法的枠組み
配分(Apportionment)vs 随伴販売(Convoyed Sales)
特許損害賠償において、「配分(apportionment)」と「随伴販売(convoyed sales)」は区別すべき異なる概念です。
配分:特許製品に対する逸失利益を求める場合に適用される概念。多機能製品において、特許機能が製品全体の価値にどの程度寄与しているかを評価します。
随伴販売:特許を取得していない製品に対する損害賠償を求める場合に適用される概念。特許製品と一緒に販売される非特許製品の損失について賠償を請求する際の基準を定めます。
CAFCは、地裁が「配分」の問題として分析した点を誤りとし、本件は「随伴販売」の問題であると明確に指摘しました。地裁が適用したPanduit要素は、特許製品自体の逸失利益を求める場合に適用されるものであり、非特許製品に対する逸失利益を求める場合は、異なる基準が適用されるべきだとしました。
Rite-Hite事件における随伴販売の要件
随伴販売に対する損害賠償の基準は、 Rite-Hite Corp. v. Kelley Co., 56 F.3d 1538 (Fed. Cir. 1995)で確立されました。この基準によれば、非特許製品に対する逸失利益を回収するためには、特許製品と非特許製品が一緒に「機能的ユニット(functional unit)」を構成することが必要です。
具体的には、以下の要件が満たされる必要があります:
- 特許製品と非特許製品が、単一アセンブリの構成要素または完全な機械の一部として機能すること(the patented and unpatented products must function together as components of a single assembly or as parts of a complete machine)
- 単なる便宜または事業上の利点として一緒に販売されているだけではないこと(the products must not be sold together merely for convenience or business advantage)
つまり、特許製品と非特許製品の間に真の「機能的関連性」があることを証明する必要があります。
随伴販売と損害賠償の問題に関するCAFCの分析
随伴販売に基づく損害賠償については、CAFCはBelanger社の証拠が不十分であると判断し、詳細な分析を行いました。
Belanger社の専門家証人は、ドライヤーなどの非特許部品が「Belanger社のシステムと一緒に販売される一般的な構成要素」であり、「カーウォッシュパッケージの一部として顧客が購入しているもの」であると証言しました。また、約75%の顧客が、特許製品であるin-bay automatic(IBA)カーウォッシュシステムを非特許ドライヤーと一緒に購入していると証言がありました。
しかし、CAFCは以下の理由から、これらの証拠が機能的関連性を証明するには不十分であると判断しました:
単なる販売パターンの証明に過ぎない点:Belanger社の証拠は、製品が一緒に販売されるという商業的パターンを示すのみで、技術的な相互依存性を証明していませんでした。
機能的相互作用の証拠欠如:特許取得済みの洗浄システムとドライヤーが技術的にどのように相互作用するのか、一方が他方の機能に依存しているのかについての具体的な証拠が提示されていませんでした。
独立した機能性:CAFCは、洗浄システムとドライヤーがそれぞれ独立して機能し得ることを指摘しました。ドライヤーは洗浄システムがなくても機能し、その逆も同様です。
「便宜または事業上の利点」の該当性:CAFCは、これらの製品が一緒に販売される理由は、Rite-Hite事件で除外された「便宜または事業上の利点」に該当すると判断しました。顧客が一括購入を好むという事実は、機能的ユニットを構成する証拠としては不十分です。
業界慣行としての一括販売:証拠は、カーウォッシュ業界では複数の構成要素を一括販売することが一般的な慣行であることを示していましたが、CAFCはこれを機能的関連性の証拠としては認めませんでした。
CAFCは、「被告の記録を被告に最も有利な観点から見ても、合理的な陪審員であれば、Belanger社のRazor EDGEシステムの非特許部品が特許部分と機能的ユニットを構成するとは判断できなかったであろう」と結論づけました。この判断により、非特許部品に関する約260万ドルの損害賠償は認められないこととなりました。
実務上の示唆
特許ドラフティングの戦略
本判決からは、特許ドラフティングにおいて以下の戦略的示唆が得られます:
システム全体を広くカバーするクレーム作成の重要性:特許を取得していない部品に対する損害賠償を確保するためには、可能な限り、システム全体をカバーするクレームを作成することが重要です。
新規部分だけでなく主要なシステム要素を含めるアプローチ:新規な特徴だけでなく、システムの主要な構成要素を適切にクレームに含めることで、「随伴販売」の問題を回避することができます。Belanger社の場合、ドライヤーを含むカーウォッシュシステム全体をカバーするクレームがあれば、「随伴販売」の問題は生じなかった可能性があります。
専門家証言の準備
損害賠償に関する専門家証言を準備する際には、以下の点に注意が必要です:
機能的関連性を証明するための具体的な証拠:非特許製品と特許製品の間の機能的関連性を示すためには、単に一緒に販売されているという事実だけでは不十分です。両者が技術的にどのように相互作用し、依存しているかについての具体的な説明が必要です。
随伴製品の販売の因果関係分析:侵害がなかった場合に、どの程度の随伴製品が販売されたかを分析することも重要です。「随伴販売商品が侵害がなければ販売されたであろうか」という分析が必要です。
損害賠償の主張における戦術
損害賠償を主張する際には、以下の戦術的考慮が重要です:
随伴販売に基づく損害賠償主張の明確な根拠付け:随伴販売に基づく損害賠償を主張する場合は、Rite-Hite事件の基準に沿って、特許製品と非特許製品が「機能的ユニット」を構成することを明確に証明する必要があります。
一般評決(general verdict)の限界:本件では、陪審員が一般評決を返したため、どの部分が随伴販売に基づく損害賠償であったかを特定することが困難でした。しかし、CAFCは、Belanger社自身が陪審員の評決は専門家の意見を採用したものであると主張していた点を指摘し、司法的禁反言(judicial estoppel)の原則を適用しました。
判決の影響
特許実務への影響
本判決は、特許実務に以下の影響を与えると考えられます:
随伴販売に対する損害賠償請求のより高いハードル:非特許製品に対する逸失利益を請求するためのハードルが高くなりました。単に一緒に販売されているという事実だけでは不十分であり、真の「機能的関連性」が必要です。
機能的関連性を示す証拠の重要性の増大:特許訴訟において、専門家証人は、特許製品と非特許製品の間の機能的関連性をより具体的に説明する必要があります。
今後の訴訟戦略への影響
今後の特許訴訟戦略については、以下の点が重要になると考えられます:
特許クレームドラフティングにおける包括的アプローチ:複合製品やシステムの特許を取得する際には、新規な特徴だけでなく、システム全体をカバーするクレームを作成する包括的アプローチが重要になります。
専門家証言準備における技術的相互依存性の強調:損害賠償に関する専門家証言では、特許製品と非特許製品の間の技術的相互依存性をより詳細に説明する必要があります。
結論
Wash World Inc. v. Belanger Inc.事件は、特許侵害に基づく損害賠償における「随伴販売」の概念を明確化し、非特許製品に対する逸失利益を請求する際の証拠基準を厳格化しました。
特許実務家は、特許クレームの作成段階から損害賠償の主張に至るまで、この判決の教訓を考慮する必要があります。技術的な機能的関連性を具体的に証明することなく、単に一括販売されているという事実だけでは、随伴販売に基づく損害賠償を獲得するには不十分です。
特許権者にとっては、随伴販売に対する損害賠償を確保するためには、①特許クレームの段階で可能な限りシステム全体をカバーする戦略、②機能的関連性を具体的に証明するための周到な証拠準備が重要となります。一方、被疑侵害者にとっては、特許製品と非特許製品の間に真の機能的関連性がないことを示すことが、随伴販売に基づく損害賠償を回避するための鍵となります。
この判決は、特許損害賠償における「配分」と「随伴販売」の違いを明確にした点で、今後の特許訴訟実務において重要な先例となるでしょう。