Image representing the impact of the Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023 on patent litigation related to biosimilar drugs, analyzing potential effects on pharmaceutical industry and future outlook.

バイオシミラー訴訟における特許数制限法案に進展:製薬業界への影響と今後の展望

1. はじめに

2024年7月、米国上院で「手頃な価格の処方薬に関する患者のための法律(Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023)」が全会一致で可決され、大きな進展がありました。この法案は、バイオシミラー訴訟における特許数を制限することで、バイオ医薬品市場の競争を促進し、医薬品価格の低下を目指すものです。

本法案の中心的な目的は、いわゆる「特許の藪」とも呼ばれるPatent thicket問題に対処することです。”Patent thicket”とは、多数の特許が複雑に絡み合うことで、特定の技術分野における技術開発や商業活動を妨げる状態を指します。特に、新しい製品やサービスを開発しようとする企業にとって、他者が保有する多数の特許が障害となる場合があります。これらの特許群は、特許権者にとっては防衛手段やライセンス収入の源となりますが、第三者にとっては技術の自由な利用を困難にし、結果として競争の抑制やイノベーションの停滞を招く恐れがあります。これまで、一部の製薬企業が多数の特許を取得することで後発品の参入を妨げ、結果として薬価の高止まりを招いているという批判がありました。

しかし、この法案には賛否両論があります。支持者は医薬品のアクセス向上と価格低下を期待する一方、批判派はイノベーションへの悪影響を懸念しています。本記事では、法案の詳細、潜在的な影響、そして業界の反応を多角的に検討していきます。

バイオ医薬品産業は現代医療に不可欠ですが、高額な薬価が患者のアクセスを制限している現状があります。この法案が、そのジレンマにどのような解決策をもたらすのか、そしてバイオ医薬品業界にどのような変革をもたらす可能性があるのか、詳しく見ていきましょう。

2. バイオシミラー訴訟の背景

2.1. バイオ医薬品とバイオシミラーとは

バイオ医薬品は、現代医療の最前線を担う革新的な治療薬です。これらは生物学的プロセスを通じて製造され、複雑な分子構造を持つタンパク質などが主成分となっています。がんやリウマチ、糖尿病など、従来の治療法では難しかった疾患に対して画期的な効果を示すことから、医療現場で重要な位置を占めるようになりました。

一方、バイオシミラー(biosimilar)は、これらのバイオ医薬品の後続品です。化学合成医薬品におけるジェネリック医薬品に相当しますが、バイオ医薬品の複雑さゆえに、完全に同一の製品を作ることは困難です。そのため、「類似品」という位置づけになっています。

バイオシミラーの登場は、高額なバイオ医薬品の価格競争を促進し、患者の経済的負担を軽減する可能性を秘めています。しかし、その開発と承認のプロセスは、通常のジェネリック医薬品よりも複雑で時間がかかります。

2.2. バイオ医薬品承認申請訴訟制度(BPCIA)の概要

バイオ医薬品とバイオシミラーの承認プロセスを規定しているのが、「バイオ医薬品の価格競争及びイノベーション法(Biologics Price Competition and Innovation Act、BPCIA)」です。この法律は2009年に制定され、バイオシミラーの承認経路を確立すると同時に、特許紛争を効率的に解決するための枠組みを提供しています。

BPCIAの下では、バイオシミラーの申請者は、FDA承認を求める際に、先発品(参照製品)のデータを利用することができます。これにより、バイオシミラーの開発コストと時間を大幅に削減することが可能になりました。

しかし、BPCIAの特徴的な点は、いわゆる「特許ダンス(patent dance)」と呼ばれるプロセスです。これは、バイオシミラーの申請者と参照製品の特許権者が、市販前に特許紛争を解決するための情報交換を行う仕組みです。具体的には以下のようなステップを踏みます:

  1. バイオシミラー申請者がFDA申請書の写しを特許権者に提供
  2. 特許権者が関連特許のリストを申請者に提供
  3. 両者が特許の有効性や侵害の可能性について意見交換
  4. 訴訟対象となる特許を絞り込む

この「特許ダンス」は、特許紛争を効率的に解決し、バイオシミラーの市場参入を促進することを目的としています。しかし、実際には、このプロセスが複雑で時間がかかり、結果的にバイオシミラーの市場参入を遅らせているという批判もあります。

さらに、現行のBPCIAには、特許権者が主張できる特許の数に制限がありません。そのため、多数の特許を取得して「特許の藪」を形成し、バイオシミラーの参入を阻止しようとする企業も出てきました。

このような背景から、バイオシミラー訴訟における特許数を制限しようという動きが生まれ、今回の法案につながったのです。

3. Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023の概要

3.1. 法案の主要ポイント

2024年7月11日、米国上院で全会一致で可決された「手頃な価格の処方薬に関する患者のための法律(Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023)」は、バイオ医薬品業界に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。

本法案の核心は、バイオシミラー訴訟において主張できる特許の数を制限することにあります。これは、いわゆる「特許の藪(patent thicket)」問題に対処し、バイオシミラーの市場参入を促進することを目的としています。

法案は特許法(Patent Act)の第271条(e)項を改正し、バイオシミラー訴訟に特化した新たな規定を設けています。この改正により、バイオ医薬品の特許権者が訴訟で主張できる特許の数と種類に制限が課されることになります。

3.2. 特許数制限の詳細

本法案による特許数の制限は以下のように定められています:

  1. バイオ医薬品の特許権者は、バイオシミラー訴訟において 最大20件の特許しか主張できません。
  2. この20件の特許は、以下の条件を満たす必要があります:
    • バイオ医薬品またはその製造方法に関する特許であること
    • 「特許ダンス」のプロセスで特許権者が提供した最初の特許リストに含まれていること
    • バイオ医薬品のFDA承認から4年以上経過してから出願された特許、または特許権者自身が使用していない製造方法に関する特許であること
  3. さらに、20件のうち10件以上は、「特許ダンス」での最初の特許リスト交換後に発行または取得された特許であってはなりません。

これらの制限により、バイオ医薬品企業が後発品の参入を遅らせるために多数の特許を主張する行為を抑制することが期待されています。

3.3. 制限の例外と拡大可能性

法案は特許数の制限に関して、いくつかの例外と拡大の可能性を設けています。

まず、治療方法や診断方法に関する特許については、20件の制限の対象外とされています。これは、医療行為に直接関わる発明の保護を確保するための措置と考えられます。

また、裁判所には特許数の制限を拡大する裁量権が与えられています。具体的には以下のような場合に拡大が認められる可能性があります:

  1. 拡大の要請が不当に遅延なく行われた場合
  2. 正義の利益のために必要な場合
  3. 正当な理由(good cause)がある場合

「正当な理由」については、法案中でいくつかの例が挙げられています。例えば、バイオシミラー申請者が十分な情報を提供しなかった場合や、バイオシミラー製品に重大な変更があった場合などが該当します。

さらに、バイオシミラー申請者が「特許ダンス」のプロセスを完全に遵守しなかった場合、これらの制限は適用されません。これにより、バイオシミラー企業に対して「特許ダンス」への参加を促す効果も期待されています。

このように、本法案は特許数を制限しつつも、柔軟性を持たせることで、イノベーションの保護とジェネリック医薬品の促進のバランスを取ろうとしています。しかし、これらの例外規定がどのように解釈され適用されるかは、今後の裁判例の蓄積を待つ必要があるでしょう。

4. 法案の潜在的影響

4.1. 製薬企業への影響

本法案が成立すれば、バイオ医薬品を開発する製薬企業に大きな影響を与えることは間違いありません。これまで多くの企業は、複数の特許を取得することで自社製品を長期にわたって保護してきました。しかし、訴訟で主張できる特許数が制限されることで、この戦略の見直しを迫られることになるでしょう。

特に影響が大きいのは、いわゆる 「エバーグリーニング」戦略を採用してきた企業です。これは、製品のライフサイクル後期に新たな特許を取得し、独占期間を延長する手法です。法案では、FDA承認から4年以上経過してから出願された特許に制限を設けているため、このような戦略の有効性が大幅に低下する可能性があります。

一方で、この変更は製薬企業にとってイノベーションへの新たなアプローチを促す機会にもなり得ます。より価値の高い、本質的なイノベーションに注力することで、少ない特許でも効果的に製品を保護する道を模索することになるかもしれません。

4.2. バイオシミラー開発企業への影響

バイオシミラーを開発する企業にとって、この法案は朗報となる可能性が高いです。特許訴訟の複雑さと長期化が、バイオシミラーの市場参入を遅らせる大きな要因の一つとなっていましたが、主張できる特許数が制限されることで、訴訟プロセスが簡素化され、市場参入までの時間が短縮される可能性があります。

また、法案には「特許ダンス(patent dance)」への参加を促す仕組みも含まれています。バイオシミラー企業がこのプロセスに積極的に参加することで、特許紛争をより効率的に解決できる可能性が高まります。これにより、バイオシミラーの開発と承認のプロセス全体が加速される可能性があります。

しかしながら、注意すべき点もあります。法案では、バイオシミラー企業が「特許ダンス」のプロセスを完全に遵守しない場合、特許数の制限が適用されないとしています。つまり、バイオシミラー企業は「特許ダンス」への参加を実質的に強制されることになり、これに伴う負担も考慮する必要があります。

4.3. 特許訴訟戦略への影響

本法案は、バイオ医薬品関連の特許訴訟戦略に劇的な変化をもたらすでしょう。これまで「特許の藪(patent thicket)」戦略を取ってきた企業は、より戦略的に特許を選択し、主張する必要に迫られます。

具体的には、以下のような変化が予想されます:

1. 特許の質の重視:数の制限があるため、各特許の質と重要性がより重視されるようになるでしょう。

2. 早期の特許取得:FDA承認から4年以内に出願された特許に制限がないため、早期の特許取得がより重要になる可能性があります。

3. 製造方法特許の再評価:特許権者自身が使用していない製造方法に関する特許が制限の対象となるため、これらの特許の価値が再評価されるでしょう。

4. 治療方法特許の重要性増大:治療方法や診断方法に関する特許が制限の対象外であるため、これらの特許の重要性が増す可能性があります。

また、特許数制限の例外や拡大に関する規定をどのように解釈し、適用するかについても、新たな法的戦略が発展する可能性があります。例えば、「正当な理由(good cause)」の解釈を巡って、新たな判例法が形成されていくかもしれません。

結果として、バイオ医薬品関連の特許訴訟は、より焦点を絞った、効率的なものになっていく可能性があります。しかし同時に、制限された特許数の中で自社の権利を最大限に主張するための、より洗練された戦略が求められることになるでしょう。

5. 業界の反応と議論

5.1. 法案支持者の主張

「手頃な価格の処方薬に関する患者のための法律(Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023)」の支持者たちは、この法案が医薬品価格の低下と市場競争の促進につながると強く主張しています。

まず、バイオシミラーの市場参入が加速することで、患者の選択肢が増え、医療費の削減につながるという点が挙げられます。アメリカでは高額な医療費が大きな社会問題となっており、特にバイオ医薬品の価格高騰は深刻です。法案の支持者は、バイオシミラーの参入障壁を下げることで、この問題に対処できると考えています。

また、「特許の藪(patent thicket)」問題の解決も大きなポイントです。ジョン・コーニン上院議員(John Cornyn、共和党・テキサス州)は、「この法案は、製薬会社が特許制度を悪用して競争を阻害することを防ぐものだ」と述べています。実際、一部の企業が数百もの特許を取得して後発品の参入を阻止しようとする事例が問題視されていました。

さらに、イノベーションの質の向上も期待されています。特許数が制限されることで、企業はより本質的で価値の高いイノベーションに注力するようになるという見方です。これは長期的には医薬品開発の方向性を良い方向に導く可能性があります。

法案の共同提案者であるリチャード・ブルーメンソール上院議員(Richard Blumenthal、民主党・コネチカット州)は、「この法案は、製薬業界に公平な競争の場を提供し、患者により手頃な価格の医薬品をもたらすものだ」と述べ、法案の意義を強調しています。

5.2. 批判と懸念点

一方で、本法案に対する批判や懸念の声も少なくありません。

最も大きな懸念は、イノベーションへの悪影響です。製薬業界団体「米国研究製薬工業協会(Pharmaceutical Research and Manufacturers of America、PhRMA)」は、「この法案は、生命を救う新薬の開発を阻害し、患者に害を与える可能性がある」と警告しています。彼らの主張によれば、特許保護の制限はリスクの高いバイオ医薬品開発への投資意欲を削ぐ可能性があるのです。

また、20件という特許数の制限が適切かどうかという点も議論を呼んでいます。バイオ医薬品の複雑さを考えると、20件では十分な保護ができないケースもあるのではないかという懸念です。特に、複数の適応症を持つ医薬品の場合、各適応症に関連する特許を十分に保護できない可能性があります。

法的な観点からも疑問が提起されています。特許は憲法で保障された権利であり、その行使を過度に制限することは問題ではないかという指摘です。また、「正当な理由(good cause)」や「正義の利益」といった曖昧な基準が、新たな法的紛争の種になる可能性も指摘されています。

さらに、この法案がバイオ医薬品企業の米国外への移転を促進するのではないかという懸念もあります。特許保護が弱まることで、より知的財産権の保護が強い国々に研究開発拠点を移す企業が出てくる可能性があるのです。

製薬業界のあるアナリストは、「この法案は良い意図を持っているが、予期せぬ結果を招く可能性がある。医薬品のイノベーションと患者のアクセス、この両者のバランスを取ることは極めて難しい」と述べています。

これらの批判や懸念に対し、法案支持者は「イノベーションと競争のバランスを慎重に検討した結果」だと反論しています。しかし、この議論は法案が下院を通過し、大統領の署名を経て法律となった後も、長く続くことが予想されます。

6. 今後の展望:下院での審議プロセス

「手頃な価格の処方薬に関する患者のための法律(Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023)」が上院を通過しましたが、まだ下院での審議と可決が必要です。しかし、下院での道のりは必ずしも平坦ではないかもしれません。

まず注目すべきは、下院では2024年7月18日に類似の法案が提出されていることです。「手頃な価格の処方薬に関する患者のための法律(Affordable Prescriptions for Patients Act)of 2024」と題されたこの法案(H.R. 9070)は、ダレル・イッサ下院議員(Darrell Issa、共和党・カリフォルニア州)とハンク・ジョンソン下院議員(Hank Johnson、民主党・ジョージア州)によって共同提案されました。

この動きは、下院でも本法案に対する一定の支持があることを示唆しています。しかし、上院案と下院案の間に差異がある場合、調整が必要になる可能性もあります。

下院での審議プロセスは以下のように進むと予想されます:

1. 委員会での審議:法案はまず関連する委員会(おそらく司法委員会)に付託されます。
2. 公聴会:利害関係者からの意見聴取が行われる可能性があります。
3. マークアップ:委員会メンバーによる法案の修正が行われます。
4. 本会議での審議:委員会を通過した法案が下院本会議で審議されます。
5. 採決:最終的に採決が行われます。

このプロセスがどの程度の時間を要するかは予測が難しいところです。法案の複雑さや政治的な駆け引きによっては、数週間から数ヶ月、場合によってはそれ以上かかる可能性もあります。

また、中間選挙を控えた政治的な環境も、法案の行方に影響を与える可能性があります。医薬品価格の問題は有権者の関心が高いテーマであり、議員たちの判断に影響を与えるかもしれません。

7. まとめ

本稿では、米国上院で可決された「手頃な価格の処方薬に関する患者のための法律(Affordable Prescriptions for Patients Act of 2023)」の概要と潜在的な影響について詳しく見てきました。この法案は、バイオシミラー訴訟における特許数を制限することで、医薬品価格の低下と市場競争の促進を目指しています。しかし、イノベーションへの影響や法的解釈の問題など、懸念点も存在します。法案の行方は依然として不透明ですが、成立した場合、バイオ医薬品業界に大きな変革をもたらすことは間違いありません。製薬企業、バイオシミラー開発企業、そして患者を含むすべての利害関係者にとって、この法案の進展を注視し、適切な対応を準備することが重要となるでしょう。バイオ医薬品のイノベーションと患者のアクセス性のバランスをどう取るか、その答えはこの法案の実施とその後の影響を見守る中で明らかになっていくものと思われます。

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