ウェビナー「研究者が知っておきたい特許の基礎知識」のまとめ
特許の基本
「特許権」という権利
特許権は無形の所有権*です。(*所有権は、一般的に有形の物に対する財産権を指しますが、説明としてのわかりやすさを重視して、無形のものに対しても所有権という用語を使用しています。)
所有権とは他者を排除する権利のことです。
- 有形所有権の例:不動産や車などの個人的な財産など
- 無形所有権の例:肖像権、プライバシーの権利など
特許権は無形のモノを所有する権利(所有権)の1つで、財産権なので他者を排除することができます。そして、その権利の適用範囲は後で説明される「クレーム」というものによって決まります。
特許の場合、他者を排除する権利でできることは明確で、他者が発明を1)作る、2)使う、3)売る、4)売ろうとする行為、5)アメリカに輸入する行為から排除することができます。
特許の例:
エイズに関する薬の特許: US Patent No. 5,814,639 (新しいページでGoogle Patentのサイトに行きます)
エモリー大学所有の特許で、ロイアルティ収入が$500M以上。
特許は契約
特許は発明者と政府の間の契約でもあります。
アメリカの場合、発明者と米国特許庁の契約です。
政府は、発明を一般に開示する対価として、発明者に一定期間(出願から20年間)発明に対する独占権を与えます。
特許が必要な理由
- 発明を生み出すのに金銭的な動機を与えてくれる(例:エモリー大学が所有するロイアルティ収入が$500M以上ある特許)。
- 独占権が得られるので、発明を一般に公開する動機を与えてくれる。
- 特許がなければ、発明を公開するメリットがなく、発明者は発明を秘密にしたままにしてしまう。そうなると、社会で発明の恩恵を受けづらくなるので、社会の発展に対してよくない。
特許の概念は、アメリカの憲法にも明記されていて、とても重要な権利の一つです。
トレードシークレット
特許と対照的な権利で、トレードシークレットという権利があります。
トレードシークレットは、役立つ、価値のある、合理的な機密が保たれた情報に与えられる権利です。トレードシークレットで守れる情報は幅広く、リスト、デザイン、顧客データ−なども含まれます。
トレードシークレットは、情報が秘密である限り保護されます。しかし、機密性の保持には、「合理的な努力がなされている」必要があるため、従業員に秘密契約をするだけでは不十分で、情報を保管している場所にカギやパスワードをかけるなどのある程度の機密を保持するための努力が必要になります。しかし、コカ・コーラがコーラの配合に関するトレードシークレットの機密を守るために行っている24時間の監視や警備員を随時配置するなどの厳重なセキュリティーは必要ではありません。
トレードシークレットと特許の比較
トレードシークレットの特徴
トレードシークレットは幅広いものが保護されます。技術意外にリスト、デザイン、顧客データ−なども含まれます。
トレードシークレットの場合、秘密にしておくだけで認められる権利なので、比較的簡単に権利が成り立ちます。
また、トレードシークレットは、理論上、永久的に権利を維持することができます。
特許の特徴
特許の場合、保護できるものは、「発明」に限られます。更に発明でも、特許にできる発明は、新しく、役に立って、後で説明する非自明性があることが必要です。
特許の有効期限は、出願から20年間。
トレードシークレットが望ましい場合:
特許にするには時間がかかるので、発明の賞味期限が短い場合
特許性がない、医療検査など特許での保護がむずかしい場合
リバーズエンジニアが難しい、時間がかかる、または、高い費用がかかる場合
費用は秘密の保持にかかる費用だけなので、権利を守るためにあまり費用をかけられない場合
権利行使の違い:
特許の場合、「無実」の権利侵害者に対して権利行使ができます。特許の侵害には、侵害者本人が特許の存在を知っている必要はありません。なので、侵害者が特許を知らない「無実」の侵害者でも、賠償金の請求や、侵害行為をやめさせる差し押さえなどができます。
その反対に、トレードシークレットの場合、権利侵害を証明するには、侵害者の「不誠実な意図」を証明する必要があります。これは証明するのがなかなか難しいのですが、侵害者がトレードシークレットを盗んだなどの証拠が必要になります。つまり、他者がリバーズエンジニアや権利者の不注意による開示などの合理的な方法によってトレードシークレットで守られている情報を入手した場合、権利行使ができません。
大学環境下での特許
大学・研究施設は発明を生み出すのにとても優れた場所です。
しかし、発明を商業化するのにふさわしい場所ではありません。
会社の方が投資、新製品や新しいサービスを市場に持っていく、新しい市場を作る、事業を作るのに適しています。
発明を商業化する場合、大学・研究施設から会社に発明を「移転する」役目をはたすのが大学・研究施設のTech Transfer Officeです
大学・研究施設が会社に発明を「移転する」場合、特許のライセンスを行う場合がほとんどですが、ライセンスをする場合、大学・研究施設が発明・特許を所有している必要があります。これは、公的なお金が使われて研究が行われる場合でも同じです。
そのためにも、各大学・研究施設は知的財産に対する方針を持っています。方針は組織で様々ですが、知的財産の所有権、どう知的財産を評価、保護、運営するのか、第三者機関との共同研究に関する取り決め、発明者への報酬などにおよびます。
特許権
アメリカでは一般的に、発明者としての資格を満たすと発明者に特許権が自動的に与えられます。
しかし、以下の条件によって特許権の行き先は変わってきます:
- 国別の特許法
- 研究に関わる契約の義務
- 雇用体系や研究への関わり方(例:教授、ポスドク、学部生、客員研究員、外部協力者として関わった場合、特許権の行き先が変わる場合がある
- どこで発明が生み出されたか
- 出資先、大学の施設が使われたかなど
共同特許権者
発明の特許権で問題になることが多いのが、共同特許権者の存在です。アメリカの場合、同じ発明に対して複数の特許権者がいる場合、「各所有者は分割できない平等な一部の特許権を発明全体に対して持っている」ということになります。
この表現はわかりづらいので、具体的に説明します。各共同特許権者は、個人の判断で特許化された発明を作ったり、使ったり、売ったりできる。さらに、そのような行為は、他の共同特許権者の同意無しでおこなえて、利益があっても他の共同特許権者と配分しなくてもいいということです。このような状態になってしまうと、特許の権利がコントロールできず、特許の価値が下がってしまいます。
発明者としての資格
発明を産み出すには3つのステージがあります:
- 発明の着想
- 具体化するための活動
- 発明の具体化
発明の着想
発明者としての資格を満たすためには、発明の着想に貢献しなければいけません。発明の着想には2つのパートがあり、1)最終的に望まれる結果の認識と2)その結果を達成する方法の開発の両方を満たす必要があります。
着想は得るべき結果(曲がる液晶、大容量で軽いバッテリーなど)のみ思いつくだけではなく、その結果が得られる手段を見出す必要があります。
化学物質の場合、着想は、1)構造の特定と2)どう特定の構造を合成するかの両方が必要とされる。
また、発明者としての資格は特許のクレームによって決まります。なので、特許の複数のクレームの発明者になる場合もあるし、たった1つのクレームの発明者になることもあります。
発明の具体化
発明を具体化しただけだと、発明者にはなれませんが、発明を産み出すには、発明の具体化というステージが必要になります。
- 実際に具体化する:試作品を作る、実験をするなど実際に発明したモノを作ること、
または、
- 解釈上で具体化する:頭の中で考えて、発明をどうやって作り、使っていくかを説明する特許出願を提出する。
共同発明者
発明は複数の人によって共同で産み出される場合があり、その場合、共同発明者が存在します。
共同発明者になるには、1)物理的に一緒に働く必要はない、2)同じ時に働く必要もない、3)同じ種類、同量の貢献をする必要もない、4)特許に書かれている全てのクレームに貢献する必要もない。
「発明者が誰か?」という問題は後になって起こる可能性がある。その時に発明者としての条件を満たしているという証拠を提出できるようにするために研究活動を記録しておくことが大切です。また、ただ記録するだけではなく、事前に発明に関わっていない同僚や他の研究者に研究活動の記録を確認してもらい、サインと日付を書いてもらうという証拠付をする作業が大切になってくる。
発明者ではない人
求める結果に対するアイデアを提案するだけの人
発明者の指示の元、一般的な試験をした人
論文の著作者と特許の発明者は必ずしも同じわけではない
協力者は必ずしも発明者ではない
共同研究
共同研究は一般的ですが、共同研究は特許などの知的財産の発明者と所有者を曖昧にする要因にもなります。
契約がない場合、共同研究者が、特許の共同発明者、共同特許権者になる可能性が出てきます。そうなると、共同特許権者は他の共同特許権者の合意なしにライセンス等が出来てしまうので、後々に特許権などで問題になる場合があります。
そのような問題を回避するためにも、共同研究は契約の元に行われるべきです。その契約は、最低限以下の点に対して取り決めをしておく必要があります:
1)誰が共同研究から産み出される知的財産を所有するのか
2)誰が知的財産を守るのか
3)発明を開示しないようにする機密義務(発明を特許として守るため)
4)問題が起きた時にどのように解決するか
特許性
Utility特許(デザインや植物特許ではない一般的な特許)
新しく、非自明性があり、役に立つ、製造過程、機械、製造品、または、製造物が特許になります。
特許を取得する一連の流れ

特許性の調査(Patentability Search)はオプションだが、調査をしたほうが特許性を早期に判断できる。
特許出願の明細書の作成、出願等は、弁理士、特許弁護士が代理する。
出願後、18ヶ月で特許出願は公開される。
審査期間中は、拒絶理由通知(Office Action)があるので、出願したら必ずしも特許になるというわけではなく、クレームも変わる可能性がある。
出願から特許の交付まで平均3年かかる。
特許交付後に、定期的に維持費を支払う必要がある。
外国出願
特許は国ごとに認められる権利なので、他の国で特許を得るためにはその国で出願することが必要です。

ほとんどの大学、研究機関では、最初に仮出願をして、12ヶ月以内に本出願をアメリカやその他の国に行う(12ヶ月ラインの上2つ)、または、特許協力条約(PCT)出願を行う(12ヶ月ラインの一番下)。
PCT出願の場合、PCT出願から30ヶ月・31ヶ月目の間に審査官による特許調査をしてもらい、その後、権利化したい国に出願をする。
PCT出願の場合、特許調査を考慮してから各国に出願できるので、各国に出願する時に生じる弁護士費用、翻訳費用や手間などが発生する前に特許性の判断ができる。そのため、複数の国に出願予定の発明は、PCT出願をすることで、費用発生を遅らせることができ、その結果、効率的に国際的な出願、権利化ができる。
外国出願許可証
アメリカで産み出された発明は、外国出願許可証なしで、外国に出願することはできません。また、アメリカで産み出された発明に関するデータ自体を外国に送ることはできません。
アメリカで出願した場合、外国出願許可証は数ヶ月から6ヶ月以内に送られてくる。もし6ヶ月以内に外国出願許可証が送られてこなかった場合、外国出願許可証は自動的に与えられたとみなされます。
何らかの事情で、アメリカで産み出された発明を外国(日本など)で最初に出願する場合、アメリカの特許庁に外国出願許可証を発行してもらうよう申し込みができる。
外国出願許可証なしで外国出願をした場合、アメリカの特許が無効になるという重い罰が与えられてしまうので注意が必要です。
新規性
特許が成立するためは発明に新規性ある必要があります。
新規性とは、発明が新しいものかという比較的シンプルなもの。
上の例のように、クレーム1で書かれている条件が、AとBから成り立つ装置となっていて、先行技術がAとBから成り立つ装置を開示していたら、クレーム1で書かれている内容に新規性がないということになります。
しかし、クレーム2にはAとBとCから成り立つ装置となっているので、追加の構成要件Cは先行技術に開示されていないので、クレーム2には新規性があるということになります。
最後に、クレーム3はAから成り立つ装置となっていますが、 先行技術でAに関する開示があるので、クレーム1と同様、クレーム3には新規性がないということになります。
先行技術(重要)
ここは研究者、発明者として重要なところなので、十分気をつけて下さい。
特許の出願日の前に一般に公開されているものは、たとえ発明者自身が作ったり、書いたりしたものでも、先行技術になってしまいます。
先行技術の例:
- ジャーナル等での発表
- プレゼンテーション
- 販売
- 販売のための申し出
- 使用
- 研究者、研究所のウェブサイトでの発表
- セミナー等での発表の概要
- 公的資金が提供されたプロジェクト
- 論文
- 特許
重要なことは、特許を出願する前に、発明を一般に公開しないこと。発明者自身が一般に公開した情報が原因で、特許の権利を失ってしまうことが大変多いので、注意が必要です。
非自明性
非自明性は、新規性に似ていますが、新規性のように1つの先行技術例によって全ての構成要件が開示されているのではなく、複数の文献を組み合わせるによって発明に特許性があるのか判断するものです。これは、日本の特許法の進歩性の要件に相当します。 非自明性の主張は、技術的な主張でもありながら法律的な解釈も含むグレーゾーンになってくるので、 拒絶理由通知に対応する際に非自明性を主張しなければならない場合、担当弁理士、特許弁護士とよく相談して対応する必要があります。
先行技術ではAを開示している文献とBを開示している文献があるとします。
先行技術はAとBを合わせるという記述はないのですが、審査官はクレーム1のようにAとBを含む装置はAを開示している先行技術文献とBを開示している先行技術文献から自明であるという拒絶理由通知を出してくる場合があります。
クレーム2の場合は、構成要件Cの開示は先行技術にはなく、AとBとCを合わせるという開示も先行技術にはないのですが、技術分野によっては、クレーム1と同様にAを開示している先行技術文献とBを開示している先行技術文献からクレーム2は自明であるという拒絶理由通知を出してくる場合があります。
クレーム3は、Aを含む装置となっているので、非自明性の前に、新規性を満たしてないクレームになります。
非自明性の判断基準
特許の審査中に、審査官が特定のクレームは非自明ではないと拒絶理由を出した場合、以下のような4つの要因によって、非自明性を判断しています。
- 同業者のレベル。特許法において、当業者(a person skilled in the art、a person having ordinary skill in the art)とは、発明が属する技術分野の通常の知識を有する架空の人物を言います。例えば、Ph.D.を持っている人なのか、学位をもっている人なのかで非自明性が異なってくる。
- 先行技術例の内容と範囲。先行技術例が何を開示しているのか、組み合わせを提案しているのか、その逆なのか。
- クレームされた発明と先行技術例の違い。技術分野の違い、適用環境の違い、プロセスの違いなど。
- 二次的考察
- 商業的な成功、他者の適応(論文の引用)
- 長年に渡る解決されてない必要性
- 他者の失敗
- 予期してない結果(他の研究者の否定的なコメント)
最初の3つは担当弁理士・特許弁護士が拒絶理由通知の対応の際に、主張する法律的な点ですが、最後の4つ目は、特に発明者が貢献できる点です。発明に関して、二次的考察に該当するような事例があったら、早い段階で担当弁理士・特許弁護士に知らせて下さい。
利害関係の衝突
利害関係の衝突は、経済的、個人的、専門家としての見返りが大学や研究機関に対する責務を果たすときに対立してしまうときに起こります。
例えば、利害関係の衝突は、研究者が関わった大学所有の知財を会社にライセンスするときに、その研究者が1)ライセンス先の会社に投資していたり、2)会社の取締役として働いていたり、3)会社の顧問になっていたりすると起こります。
利害関係の衝突は自分の利益と大学や研究機関に対する責務が対立するときに起こるので、新しいプロジェクトや研究に関わる際には、事前に対立が起こりそうかチェックするといいでしょう。
利害関係の衝突が起こるのは仕方ないのですが、大学・研究機関にある利害関係の衝突を管理する専門の部署に事前に問い合わせて対策を行うのが有効です。
研究者が大学・研究機関で自分が発明したものを元に会社を始める場合、以下の項目を考慮した経営計画が必要です:
- 研究者の時間(大学での教育の時間をどうするのか)
- 研究者の生徒への影響(卒業を遅らせていないか、会社のための研究をやらせていないか)
- 資源をどう使っていくか(試薬、設備)
- 大学・研究機関への開示義務(発明などを大学・研究機関に開示する義務)
- 論文発表などへの期待(大学・研究機関が期待している研究発表)
利害関係の衝突自体は問題ではなく、それをどう管理していくかが重要になります。もし利害関係の衝突が起こりそう、または、起こっている場合、迅速に大学・研究機関にある利害関係の衝突を管理する専門の部署に事前に問い合わせて対策を行いましょう。
質問の時間に話された話題
- ラボノートブックについて
- 検査が特許になりづらい理由
- 海外の研究機関とのコラボレーションと特許出願の関係
- アメリカ出願にかかる費用(出願費用、弁護士費用 )とPCT出願費用
- 大学の知的財産ポリシーの有効性と研究者との契約の有無について
- 既存の特許に似た発明をした場合、どれだけ違えば特許になるのか
- アメリカの特許と国際的な特許の違い。(注意:PCT出願や外国出願は国際出願と呼ばれることもありますが、最終的な特許は国ごとに権利が認められるものなので、国際特許というものはありません。)
- 大学で特許出願をするための費用はどこから出るのか